ここから本文です

昔はラクダ、いま鉄道 中国が復活させた「現代のシルクロード」が世界を激変させる

2/11(月) 9:00配信

GLOBE+

山を、砂漠を越えて隊商が往来したシルクロード。いにしえの交易路が、鉄路で復活した。1万キロを2週間余。駆け抜ける「鉄のラクダ」の奔流を追った。(村山祐介、文中敬称略)

【写真】「鉄のラクダ」が変える中国、アジア、ヨーロッパの風景

絹や茶をラクダに積んで西域に向かうキャラバンの起点だった中国・西安。かつて全土から運河を伝って届いた物資をラクダに載せる港だった場所は今、「西安港」と呼ばれる巨大な物流拠点に姿を変えていた。

大型クレーンが警報音を鳴らしながら、長さ約12メートルのコンテナを貨車に次々と積み込んでいく。カザフスタン、ロシア、ベラルーシ、ポーランドを経て、ドイツなど欧州へ。40両以上を連ねて、1万キロに及ぶ鉄路を2~3週間で駆け抜ける貨物列車「中欧班列」の発着地だ。「鉄のラクダ」とも称される。

料金は船便の倍だが、日数は3分の1ほど。「安いが45日かかる船便と、2日で届くが高額な航空便。欧州に物資を運ぶ手段は二つだけでしたが、今は中欧班列という選択肢があります」。壁一面を覆うスクリーンにユーラシア大陸が映し出されたオペレーションルームで、運行する西安国際陸港投資発展集団の総経理助理(44)は滑らかな日本語で話した。職員の大半は2カ国語以上を話すという。

中欧班列は2011年3月、内陸部の重慶に進出した米ヒューレット・パッカードが、ノートパソコンをドイツに出荷する試行錯誤のなかでひっそりと始まった。

そこに突然の追い風が吹いた。

中国国家主席の習近平(65)が13年9月、外遊先のカザフスタンで、陸のシルクロードの大規模開発を提唱したのだ。

中欧班列は、のちに海のシルクロードと併せて「一帯一路」と銘打たれたこの国家的大事業のシンボルになった。開発が遅れた内陸部の地方政府が補助金を投じてこぞって参入し、今や中国59都市と欧州49都市を結ぶ。18年の運行本数は前年より7割以上増えて、6363便に達した。

モノの流れ、とりわけ何度も積み替えが必要だった中国内陸部からユーラシア内奥への物流は、劇的に変わった。

1/3ページ

最終更新:2/11(月) 9:00
GLOBE+

あなたにおすすめの記事