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涙の静岡副知事、異例の「不出馬会見」

2/12(火) 9:45配信

産経新聞

 任期満了に伴い4月7日に投開票される静岡市長選をめぐり、3選を目指す現職の田辺信宏市長(57)の対抗馬として最有力と目されていた静岡県の難波喬司副知事(62)が2月4日、涙ぐみながら不出馬を表明した。「混乱の責任を取る」と決死の思いで提出した辞職願は、川勝平太知事に目の前で破られた。周囲の期待に推される形で一時は立候補に前向きな発言を繰り返していた難波氏だが、なぜ最終的に断念したのか。背景を探った。(静岡支局 田中万紀)

 ■辞表破った川勝知事

 「静岡市長選には立候補いたしません」。静岡県庁で4日に開かれた緊急記者会見。難波氏は一言ずつはっきりと述べると、無数のフラッシュが光る中「ちょっと失礼」と後ろを向いて涙をぬぐった。副知事単独の記者会見が異例ならば、出馬ならぬ“不出馬会見”はさらに異例だった。

 「みんなで新しい価値をつくるという自分の信条を実現するような選挙戦にならない。友と敵に分かれるのは望ましくない」。難波氏は時折言葉に詰まりながらも「劇場型の選挙になることは望んでいない。多くの方に出馬要請されたが、その思いに応えられず、自分の信念を優先して出馬しない決定をした」と胸の内を吐露した。

 会見の3時間前の知事室。難波氏は目に涙を浮かべながら決死の思いで川勝知事に辞職願を差し出していた。「市長選をめぐって多くの人を失望させ、混乱をもたらした。辞職してけじめをつけたい」。黙って受け取った川勝知事は中身を確認することなく、その場で破ったという。

 難波氏はこの日早朝、登庁後に執務室で辞職願をしたためた。「ずっと副知事を続けたいと思っていたが…」と最後まで悩みながら書き上げた辞職願が、目の前で破られた。「ちょっと心の整理がついていません」と、会見では複雑な心境をさらけ出した。

 一方の川勝知事は「彼はつらかったんですよ。その潔さを知っただけで十分。仕事はぜひ続けてくださいと手を握った」と、晴れ晴れとした表情で記者団に語った。

 ■迷いに迷う

 難波氏が初めて静岡市長選への出馬を打診されたのは昨年秋のこと。その後も超党派の県議や市民団体から幾度となく立候補を促され、「迷いに迷っていた」と葛藤をうかがわせた。

 国土交通省の官僚から転身した難波氏は、リニア中央新幹線工事をめぐるJR東海との交渉、駿河湾フェリーの運航継続策、三保松原の景観保全といった重要案件を担当しており、行政手腕への評価は高い。港湾政策が専門の技術者でもあり、清水港振興を望む静岡市清水区の政財界からは待望論が渦巻いていた。立候補すれば田辺氏の大きな脅威になったはずだ。

 次第に高まる“難波待望論”に焦った田辺氏は、昨年11月末の出馬表明の直後に自民、公明、連合静岡などに相次いで推薦を要請。年の瀬も押し迫った12月下旬には、公務の合間に難波氏と親しい政治家を自ら訪ね、出馬を思いとどまらせてほしいと懇願したという。

 そのような包囲網を察知した難波氏は仕事納めの12月28日、記者団に「現時点で出馬の予定はない」と不出馬に傾く心境を明かした。ただ、ここに至ってなお「現時点で」と前置きして断言を避けたことが、出馬を期待する周囲の動きに拍車をかけることになる。

 ■支援者も待ちきれず

 年が改まった1月24日に開かれた難波氏の著書の出版記念パーティー。約350人の出席者の前で、市民団体の代表らが熱烈に出馬を要請した。発起人代表を買って出た川勝知事は「一言で言えば最高の人」と持ち上げ、「はっきり意思表明してあげればいい」と出馬を促すかのような発言をした。

 周囲の後押しに、難波氏は「声は響いた。あそこまで言われて心が動かないようでは…」と感激し、立候補への意欲をのぞかせたものの、態度を明確にすることはなかった。

 そして1月30日、市民団体の代表らが出馬要請書を直接手渡して最後の決断を促したが、やはり明言しない。要請の中心にいた市民団体の代表者は「もう時間がない。残念だが断念するしかない」と涙ぐみ、擁立を目指した県議も「決めるのが遅すぎる。首長は決断力がなくては」とさじを投げた。

 実はパーティーからわずか数日間に、難波氏が頼みとする市内の清水区内の自民党支部と連合静岡の下部組織が相次いで田辺氏推薦の方針を決めていたのだ。両組織の関係者はパーティーに出席しており、その場で出馬宣言がなかったことが判断に影響したことは否めない。結論を引き延ばしているうちに包囲網は強化され、身動きがとれなくなった。川勝知事は「自分が一番信頼していた人たちが相手(田辺氏)を推薦した。相当ショックだったのではないか」と心中を推し量った。

 ■代理戦争を忌避

 田辺氏と川勝知事は桜ケ丘病院の移転や市役所清水庁舎の建て替え、駿府城公園周辺の歴史文化施設整備といった市政の重要課題でことごとく対立を繰り返している。川勝知事の側近である難波氏が出馬すれば、市長選が知事と市長の代理戦争の様相を呈することは想像に難くない。

 難波氏も「(出馬すれば)そういうふうに捉えられる選挙にどうしてもなってしまう」と認めており、代理戦争として位置づけられることを忌避したようだ。

 既に3月24日の告示まで50日を切った。今から現職と正面から勝負できる対抗馬を探し出すのは極めて困難な道のりだ。「結果として無投票になったとしたら、(一因は)私がいつまでも決めなかったことにある。大いに反省している」。難波氏は4日の会見で、涙ながらに悔やんだ。

 最有力候補者の遅すぎた決断が、人口70万人を抱える政令市の市長選を消化試合にしてしまうかもしれない。

最終更新:2/12(火) 12:50
産経新聞

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