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【2】建築家 豊田啓介が目指す、次世代の建築家 -コンピューター技術は、「自分のタガを外す」もの。

2/12(火) 11:55配信

SENSORS

 「コンピュテーショナルデザイン」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストに迎えたのは、建築家の豊田啓介氏(noiz共同主宰)だ。

<対談の動画はこちら!>

 全3回にわたってお届けする第2弾記事の前半では、豊田氏の「自分のタガを外す方法」が語られたセクションをお届けする。安藤忠雄事務所を経て、コロンビア大学でコンピューター技術を学んだ豊田氏。「自分を外の世界に連れ出したかった」と当時の想いを明かした。

 後半は、齋藤が提示したキーワード「建築家というビジネス」をもとにトークが展開。豊田氏は「新しい領域に踏み込む人がいない」建築業界をアップデートしたいと語り、齋藤は「建築家は設計図を書くこと以外でもっと稼げる」と示唆した。さらに適切な賃金が支払われない業界の問題に対して、落合は「業界全体でベースを上げていくべきだ」と指摘した。

 閉鎖的な建築業界で、先進的な取り組みを行う豊田氏の思想から、社会実装型の建築を実現するためのヒントを探っていく。

コンピューター技術を学びに渡米したのは、「自分のタガを外す」ため

草野絵美(以下、草野):それでは、次のキーワードにいきたいと思います。「自分のタガを外す方法」です。

豊田啓介(以下、豊田):僕は最初“The20世紀“的なモダン建築ばかりを手がけてきて、それが身体に染み付いていたので、新しい視点を持ちにくかったんです。そこから抜け出すために役立ったのが、コンピューター技術でした。自分を外の世界に連れていくために、非常に強力なツールなんですよ。これは企業にも言えることで、新しい技術を習得せずに昭和の成功体験を引きずっている会社も多い。タガを外すことって、自分の力だけでは難しいんです。ですから「新しい技術を使っていたらいつのまにか自分のタガが外れていた」という状況を、自らつくりだそうとしました。

草野:「新技術」としてコンピューター技術を選ばれたのはなぜでしょう?

豊田:もともと、人間の力だけではつくれないものに興味があったんです。それをメタ的に知ることができるものを探した末に行き着いたのが、コンピューター技術でした。

齋藤精一(以下、齋藤):そうした経緯で、コロンビア大学に来ていたんですね。

豊田:コンピューターの系譜をしっかり学びたかったんです。

齋藤:僕も、同様の経緯でコロンビア大学に行ったんですよ。コンピューター技術を基礎から学ばないと、設計ができないと思って。あそこは、同じような想いで学びに来る人が多いですよね。

豊田:コロンビア大学ではそれまで知らなかった、既成概念に捉われない建築ばかりを学ぶことになったのですが、最初は「こいつら何を言っているんだ?そんなことできるわけないだろ」と思っていましたね(笑)。でも、自分のタガを外して議論できるようになってくると、それまで見えてこなかった新しい可能性に目を向けられるようになりました。アメリカの教育を受けると、「これまでつくったことのないものをつくる為にどうすればいいのか」と考えられるようになる。そうした視点を持てるようになったのは、コロンビア大学に行ったおかげです。「99%の人が反対していても、1%でも良いと言っている人がいれば投資する」新しい教育の在り方を知りました。

齋藤:当時、ダイヤグラムをつくることが流行っていましたよね。ダイヤグラムは、「こうしたい」と思っていても、データを入れると予想外の結果が出てくることもある。自分の思考の延長に面白いものが出てくるんです。

落合陽一(以下、落合):僕は泥遊びするような時期にWindows95で遊んでいたのですが、解像感が低かったので、デジタルに質量感を感じることもあれば感じないこともありました。片側にどっぷり浸かっていると、片側に特別感を感じるようになるんですよね。

草野:コンピューターにしかつくれないものと、人間にしかつくれないもの、それぞれどんなものがあるんですか?

落合:僕は、その境界線はないと思っています。コンピューターみたいな人間もいるし、人間みたいなコンピューターもあるので、そこに差はない。境界線を引かずに、「どちらが優秀だ」と決めつけない癒着点を持っていることが、デジタルネイティブだと思うんですよね。そうした感覚を持っている人は、YouTubeで観ているのと同じ感覚で、友達と一緒にいる。一人称で物事を捉えるか、二人称で捉えるかの違いしかないんです。

齋藤:僕は、感覚でしかできないことは、現場で確認するしかないと思いますね。「見た人が気持ち悪くならないか」といった繊細な心理を考えることは、まだ人間以外にはできないんじゃないかなと思っています。

豊田:デジタルの話や人間の心理の話をしていくと、結局哲学の話になってくるので曖昧になってきますよね。認識論や身体論の話になっていく。ただ、そうした哲学的な議論を経ていかないと「この領域なら実装できるよね」といった発想に至りません。これは建築業界だけではなく、あらゆる業界で言えることだと思います。社会を良くすることにおいては、広い視野を持つことが重要です。

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最終更新:2/12(火) 11:55
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