ここから本文です

ドナルド・キーンさんは戦時中も日本を愛した。『源氏物語』で学んだ平和への思い

2019/2/24(日) 14:05配信

BuzzFeed Japan

日本文学研究者のドナルド・キーンさんが2月24日、心不全のため東京都内の病院で死去したとNHKなどが伝えた。96歳だった。

日本語を学び、日本文学に生涯を捧げたキーンさん。戦時中は海軍で日本語文書の解読に携わった。深い愛着を持っていた日本との接点が、奇しくも母国と日本の戦争になってしまった。キーンさんと日本のつながりを改めて振り返る。【吉川慧 / BuzzFeed Japan】

人生を決めた『源氏物語』との出会い

キーンさんは1922年、米国・ニューヨーク生まれ。1938年、16歳でコロンビア大学に入学した。

初めて日本と出会ったのは1940年、18歳のときだった。街の本屋で偶然手にした本がある。『The Tale of Genji』。アーサー・ウェイリーが英訳した『源氏物語』だった。

2巻で49セント。これがキーンさんを日本研究の道へと誘うきっかけとなった。

「別に日本文学に興味があったわけではないのですが、大きくて立派な割に、値段が安かったので。でも、読んだら、素晴らしい本でした」
「争いのない、貴族たちがくり広げる、美だけの世界。第二次世界大戦が始まり、ドイツ軍が各地を占領していたころで、どうすれば武器を持たずに争いをやめさせることができるのか、私はいつも考えていたので、なおさらひかれました」(1997年11月9日朝日新聞・東京本社版)

当時はナチス・ドイツがフランスを占領するなど、欧州で支配を拡大していた時期。紫式部が描いた華やかな『源氏物語』の世界は、暗い時代を生きたキーンさんの胸を打った。

「日本文化への愛情をくれた」恩師への感謝

1941年の夏、キーンさんは生涯の恩師と出会う。コロンビア大で日本文化を教えた角田柳作だ。

この頃、キーンさんは家庭教師に日本語の手ほどきを受けたばかり。高等授業に出席する資格はなかったが、角田の大学院での講座に登録した。

当時は日米開戦前夜。緊張感が漂っていたという。

「最初の講義の時、私しかいませんでしたので、たった一人の学生(しかも資格のない学生)のために講義なさることはもったいないと思いましたので、先生に私が辞めようと申したら、先生は、一人でも十分ですと答えました」(角田柳作WEB展:角田先生と私)

毎回入念な準備をして教壇に立っていた角田の姿に、感銘を受けたキーンさん。「単なる知識だけでなく、日本文化への『愛情』を私にくれました」と、恩師への感謝を折に触れて語っている。

1/4ページ

最終更新:2019/2/25(月) 0:42
BuzzFeed Japan

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo! JAPAN 特設ページ