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【尊厳ある介護(68)】 娘を支配していた父 実はその執着に支配されていた

2/27(水) 12:10配信

ニュースソクラ

娘の手術を知って、人が変わった

 「また、弓月さんのお部屋でタバコの吸い殻を発見しました」と、介護スタッフから報告がありました。

 弓月誠さん(仮名81歳)には居室での喫煙は控えてほしいと何度もお願いしており、今度約束を破ると退去になると伝えていた矢先のことでした。

 そこで、私は弓月さんと話し合うためにお部屋を訪問しました。

 ところが、部屋は真っ暗でカーテンは閉じられ電気も消されています。

 足元が見えないので電気のスイッチを探していると、急に私の顔面に強い光が当てられました。

 驚いて後退りしましたが、だんだん暗闇に目が慣れてきたのでベッドの方を見ると、懐中電灯を私に向けた弓月さんの姿を発見しました。

 ベッドの側にはタバコの吸い殻が、私に見つけて欲しいと言わんばかりに置かれています。

 訪問する日時を前もって連絡していたので、吸い殻を捨てることもできたはずです。そんな私を横目で見ながら、弓月さんはにやりとしたのです。

 まるで、退去の言葉を口に出すのを躊躇っている私の心を見透かしたように。

 勇気を振り絞って「タバコを吸ったのですか?」と聞くと、「家はあるから、いつでも退去する」と、憮然として答えられました。

 「分かりました」と一言だけ伝え、私はその場を去りました。

 弓月さんは歩行が不安定でしたが、物忘れもなく一人で暮らしていました。近くに娘さんがいて、食事や買い物など身の回りのお世話をしていました。

 しかし、娘さんは病弱だったので無理が効かず、施設に入所することになりました。

 そんな事情を知っていたので、娘さんにお父さんの退去の話を持ち出すことは辛い決断でした。

 これまでも、喫煙について娘さんに報告していましたが、その度に「私が厳しく注意しますから、何とか入所させてください」と、懇願されました。

 それが、この度は違っていたのです。

 「迷惑をかけて申し訳ありませんでした」と謝罪され、過去の父親との軋轢についてぽつりぽつりと話し始めたのです。

 娘さんは物心がついた頃から全てを父親に支配されて生きてきたそうです。成人しても父親はその手を緩めることはありませんでした。

 やっと許しをもらい、始めて女友達と旅行に行った時でさえ行く先々に電話をかけてきて遠方から監視しました。

 父親の下から離れようと試みたこともあったのですが、親子の関係を断つことはできないと思い諦めたそうです。

 施設に入所してからも、娘さんの体調にはお構いなく電話で呼びつけていました。

 「私は男性不信になり、そんな父を許せなくなりました」と、娘さんは言葉を詰まらせました。

 ますます、弓月さんを自宅に帰すわけにはいかず私は頭を抱えました。

 次の受け入れ施設を方々探したのですが、喫煙者を入所させてくれる所は見つかりません。

 そうこうする内に、弓月さんの体調が急変し入院することになりました。幸い一命は取り留めましたが、一人で歩くことは難しくなり物忘れも激しくなりました。その結果、タバコを吸えなくなったので、退去の話は立ち消えになりました。

 けれども、今度は娘さんの病状が悪化し入院することになりました。

 手術の日程が決まった日、娘さんは「もし、自分に何かあったら父親をよろしくお願いします」と、頭を下げました。

 そして、娘さんの入院を知った時から、弓月さんは人が変わったようにおとなしくなったのです。

 私はいつか機会があれば娘さんに「お父さんを許せましたか」と聞きたかったのですが、とうとう答えを聞くことはありませんでした。

 娘さんは父親から解放されましたが、私の脳裏をよぎったのは父親の方が娘さんへの想いに支配されている姿でした。

(注)個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。

■里村 佳子( 社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム統括施設長 )
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設の担当理事。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。

最終更新:2/27(水) 12:10
ニュースソクラ

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