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スパイク・リー監督、『グリーンブック』の作品賞受賞に無言の抗議表明?

3/1(金) 12:05配信

The Telegraph

【記者:Adam White】
 今年の米アカデミー賞(Academy Awards)の作品賞部門を制したのは、黒人の市民権をテーマにした『グリーンブック(Green Book)』だった。だが、同部門に『ブラック・クランズマン(BlacKkKlansman)』でノミネートされていたスパイク・リー(Spike Lee)監督にとっては、1990年の苦い思い出がよみがえる瞬間だったかもしれない。

 ピーター・ファレリー(Peter Farrelly)監督が手掛けた『グリーンブック』が、論争を呼びながらも作品賞を受賞したことで思い出されるのは、1990年に作品賞を受賞した『ドライビング Miss デイジー(Driving Miss Daisy)』だ。同作は、気難しい白人の主人公が黒人の助けを得て人種差別に対して自分たち白人がいかに無知であるかを思い知る話を軸に2人の交流をユーモラスに描いた物語だ。いずれの2本も、脚本家自身の身の回りの実話を下敷きにしている。

 運転手と、その車に乗る「主人」の関係を描いている点も共通している(ただし、人種の関係は逆転しており、『グリーンブック』の運転手は白人)。『ドライビング Miss デイジー』と同じく、『グリーンブック』もいくつもの賞の作品賞に輝いているが、何よりもこの2作が共通しているのは、評価が高く、より政治に踏み込んだ内容のスパイク・リー作品を相手に受賞したことだ。

 1990年の『ドライビング Miss デイジー』にとって『ブラック・クランズマン』に当たる作品は、リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング(Do the Right Thing)』だ。同作は、地元社会の人種間でくすぶっていた対立が夏の暑い一日に一気に爆発するまでを描いた群像劇の傑作で、公開後から絶賛の声が広がったが、アカデミー賞には冷遇され、作品賞にはノミネートすらされなかった。

『ドライビング Miss デイジー』は決して悪い映画ではないが、米国の人種問題に対するリアルな洞察が欠けている点は、特に今日においては無視することができない。

『ドゥ・ザ・ライト・シング』が人種問題や、社会の発展に暴力が伴う是非をめぐる議論を促すために作られているのだとしたら、『ドライビング Miss デイジー』は、社会の根っこに抑圧があることを認識しつつも人間同士の何とも曖昧な共通点を認め合いながら「私たちみんな仲良くやっていけないの?」と訴えるタイプの映画だと言えよう。

 今年の作品賞とのもう一つの共通点は、1990年も受賞作の予想がいつになく難しかったことだ。なにせ、『ドライビング Miss デイジー』以外に、『7月4日に生まれて(Born on the Fourth of July)』『いまを生きる(Dead Poets Society)』『マイ・レフトフット(My Left Foot)』という大作・話題作がずらりと並んだ年だったのだ。

 授賞式の夜、作品賞の候補作『いまを生きる』を紹介するためにステージに上がった女優のキム・ベイシンガー(Kim Basinger)は、台本にない言葉を口にして『ドゥ・ザ・ライト・シング』に対するアカデミーの冷遇を批判した。

「今夜ここに優れた映画が5本そろいました。優れている理由は、真実を語っているからです。でも、作品賞候補にふさわしいはずなのに選ばれていない作品が他にも1本あります。皮肉にも、その作品は全作品の中で一番真実を語っていると言えるかもしれません。その映画とは『ドゥ・ザ・ライト・シング』です」

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最終更新:3/1(金) 12:05
The Telegraph

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