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チェコ・アヴァンギャルド理解のための必読の文献―デレク・セイヤー『プラハ、二〇世紀の首都:あるシュルレアリスム的な歴史』鹿島 茂による書評

3/6(水) 7:00配信

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◆『パサージュ論』応用 前衛運動の二都物語

哲学者ベンヤミンはパリのオペラ・パサージュを訪れたとき、一九世紀とは深い眠りに落ちていく集団的意識の見た夢であり、パサージュこそがその夢の形象にほかならないと直感し、パリの国立図書館に籠もって畢生(ひっせい)の大作『パサージュ論』を書き上げたが、その直後、ナチに追われてスペイン国境で自殺した。遺稿となった『パサージュ論』は引用と短い注釈という断片の山だったため、初め論稿の草稿だと思われたが、やがてこのモザイクこそがベンヤミンの目指した夢の形象の唯一の再現方法であることが判明する。

イギリスの文化史家セイヤーが目指すのは、一九世紀の首都パリについてのベンヤミンのこの企てを「二〇世紀の首都」と命名したプラハについて試みることである。だがなぜプラハが「二〇世紀の首都」であるのか? 一つには集団の夢の形象は建築やデザインなどのインダストリアルな創造に現れやすいとするベンヤミンの分析に依拠したこと。第二は、そうした建築やデザインに現れたモダニティは廃墟(はいきょ)の予感を伴うというベンヤミンのテーゼが観察されること。第三は、プラハがシュルレアリスムのパリとマルクス主義のモスクワを結ぶ中間点に位置するという地理的条件により、この二つのイスムの両立を試みるという二〇世紀的課題に果敢に挑んだ都市であること。

セイヤーはこうした仮説を実証するため、ブルトンとエリュアールが一九三五年にプラハを訪れ、装丁家・建築批評家でプラハ前衛運動デヴィエトスィルの主宰者であるカレル・タイゲやシュルレアリスト詩人ネズヴァルから大歓迎されたエピソードから書き起こして自著が「シュルレアリスムの二都物語」となる予告を行った後、過去に溯(さかのぼ)って、シュルレアリスムの先駆者アポリネールの短編「プラハの散策者」とイタリアの学者リペッリーノの『魔法のプラハ』に依(よ)りながら、プラハの夢幻的トポグラフィを記述してゆく。

その過程でドイツ性とユダヤ性とチェコ性のアマルガムであるプラハの特徴がルドルフ二世、カフカ、チャペックなどの召喚によって叙述されるが、中で特筆されるのがカフカ。カフカはユダヤ人ゲットーがプラハの「衛生化」で世紀末に一掃されて根を失ったのと同様、身につけた支配者の言語ドイツ語がチェコ・ナショナリズムの高まりで少数派の言語に転落するという言語的デラシネ体験に遭遇する。カフカの恋人のチェコ人ミレナ・イェセンスカーはカフカの病の真の原因は存在そのものの自己同一性の危機だったと分析せざるをえない。

同じようなナショナリズムと普遍性の相克はミュシャ(ムーハ)をも襲う。パリでアール・ヌーヴォーの寵児(ちょうじ)となったミュシャは帰国後、国民画家を志すが皮肉にもチェコのナショナリストとモダニストから二重の拒否にさらされる。しかし、不思議なことにこうしたナショナリズムの高まりから生まれてきたのはシュルレアリスムと機能主義という先鋭的なインターナショナリズム志向のアヴァンギャルド運動だった。

たとえば、一九二四年からプラハを三回訪問したル・コルビュジエはタイゲ主導のデヴィエトスィル芸術運動の結晶ともいえるヨゼフ・フクス&オルジフ・ティル設計のヨーロッパ最大の機能主義建築《見本市宮殿》に感銘を受けるが、この一例からも明らかなようにプラハは一九二〇年代にはすでに機能主義建築のトップランナー都市となっていたのである。しかし、いかにも象徴的なのはこの《見本市宮殿》がミュシャの大作『スラヴ叙事詩』の一般公開によってこけら落としされたことである。ひとことで言えば、ベンヤミンが最新鋭のメカニズムにアルカイックなものの出現を見たように、チェコ・アヴァンギャルドはモダニティという未来志向のうちにニェムツォヴァーの民話的小説『おばあさん』に連なる民族の古層を宿していたのだ。

こうした「未来という過去の亡霊」的構造はタイゲとネズヴァルが主導したチェコ・シュルレアリスム運動の展開にも捩(ねじ)れたかたちで観察される。すなわち一九三〇年代後半に社会主義リアリズムの登場で蜜月の終わりを迎えて反スターリン主義のブルトン派とスターリン主義のアラゴン派に分裂したフランス・シュルレアリスムとは異なり、チェコ・シュルレアリスムは芸術の自立性に理解を示したチェコ共産党としばらく歩みをともにするが、最後にはタイゲはブルトンの、ネズヴァルはアラゴンの道を選ぶ。遅れてきたがゆえにいきなり二〇世紀の最先端に躍り出たチェコ・アヴァンギャルドは廃墟の予感とともに誕生し、戦後は共産党支配という究極の悪夢を生きた後に再生するという二〇世紀の首都にふさわしい運命を辿(たど)ったのである。

『パサージュ論』に依拠する本書は意識的なモザイク化による別種の総合性を目指している。よって私の理解は一つの試論に過ぎず、解釈は無限に自由。訳文は複雑多岐にわたる内容にもかかわらず読みやすく明快。チェコ・アヴァンギャルド理解のための必読の文献である。

[書き手] 鹿島 茂
フランス文学者。明治大学教授。専門は19世紀フランス文学。
1949年、横浜市生まれ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文科学研究科博士課程単位習得満期退学。現在明治大学国際日本学部教授。
『職業別パリ風俗』で読売文学賞評論・伝記賞を受賞するなど数多くの受賞歴がある。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。新刊に『東京時間旅行』(作品社)、『悪の箴言(マクシム) 耳をふさぎたくなる270の言葉』(祥伝社)、『神田神保町書肆街考: 世界遺産的“本の街”の誕生から現在まで』(筑摩書房)などがある。

毎日新聞 2019年1月27日掲載

鹿島 茂

最終更新:3/6(水) 7:00
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