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「女性議員が増えることで、本当に、暮らしやまちは良くなるのか?」(柿沼とみこ埼玉県議会議員へのインタビュー・聞き手:池田麻里)

3/6(水) 19:02配信

選挙ドットコム

その後のことですが、私が電話に出ると「何だ、女か。男は誰もいないのか。」と言う人もいるのです。そこで「私がおります。何でも仰ってください」と応じると、「あんたに分からないだろう」と返ってきて。だから、「分かるか分からないかは用件を伺ってみなければ分かりません」と頑張ってどんどん仕事を受けました。

もうひとつは海外での経験です。
私が労政事務所の主任になった頃、海外研修へ派遣する職員の対象が主任にまで広がりました。私は「女性・若年労働の現状と労使関係への行政の介入について」というテーマで論文を書いて応募しました。海外研修に選ばれるのは、部から一人です。
当時、上司は直接私には言わないけれど「うちの部には男はいないのか…」とぼやく状況です。とはいえ、私は最終審査に通り、論文のテーマに沿った勉強をするため、ヨーロッパへ行きました。

訪問先では「あなたはどんなスキルを売って給与を得ているのか?」「仕事の基本は何か?」など色々な質問を受けました。大平内閣のときでしたので「日本では大平内閣が成立したが、あなたはそれについてどう考えているか?」とも聞かれました。日本の公務員、それも一主任が、なかなかそういう観点で物事を見ないでしょう?
はっとさせられました。どこへ行っても、どんな時でも、日本の代表という自覚を持ち、どれだけ自分が仕事をできているかと意識しながら取り組まなければならないなと実感させられました。

同時に、私はもともと読書好きでしたので、シェイクスピアやルソー、モンテーニュなど世界の思想史とか文学全集を読んでいました。けれど、ヨーロッパで相手が尋ねてきたのは、近松門左衛門や井原西鶴について。とにかく自国の歴史文化をきちんと捉えておくことが大前提だとも気づかされました。それからは、東洋思想を勉強し、現在も安岡正篤研修会などを続けています。

そうやって、仕事と人間としての土台について認識を改めさせてもらい、プロとして、公務員として生きていくのだという覚悟ができました。

私達の頃は産休が産後の3ヶ月のみでしたから3ヶ月したら出勤しました。産前は休まなくてもよいのです。法的には「休んでもよい」と書いてあるだけで休まなければならないとは書いていませんからね。産後3ヶ月は休まなければならない、だからその分は休んだ。けれどそういう時に同僚が私の仕事を代わってやってくれるわけでしょう?それは、県庁に対する私の借りだ、仕事の借りだと。この借りはいつか返す。そう思いましたね。そういう思いで仕事に取り組んでいました。

一番大変だったのは、子どもが百日咳になった時。百日という通り3ヶ月ほど、生きるか死ぬかの状態が続くのです。預けていても、時にはチアノーゼ状態のように真っ青になったり、自宅でも、いよいよ息を引き取ったかというようにわなわな震えているところを脚を持ち上げてさかさまにして、叩いて、息を吹き返させるなんて場面が何回もあったので、毎日毎日医者に連れていかなければならない。相当大変でした。水疱瘡やおたふく風邪のように、1、2週間ではないでしょう?でも、子どもの病気で休めないから大変でした。今と違い、夫は子どもが病気をしたことなんか全く気付かないくらいでしたから。

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最終更新:4/12(金) 17:03
選挙ドットコム

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