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ザ・デストロイヤーさん死去 88歳 4の字固めで力道山、馬場、猪木と死闘

3/8(金) 9:11配信

デイリースポーツ

 日本でプロレスブームを巻き起こした立役者の一人でもある“白覆面の魔王”こと覆面レスラーのザ・デストロイヤー(インテリジェント・センセーショナル・ザ・デストロイヤー。本名リチャード・ベイヤー)さんが7日(日本時間8日)に亡くなったことが分かった。88歳。息子でプロレスラーのカート・ベイヤーさんが自身のフェイスブックで明かした。晩年は下半身が弱り、歩行器を使う生活だった。

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 カートさんはフェイスブックで「別名デストロイヤー、別名ドクターXの父が今日正午に亡くなりました。彼は自宅のベッドで妻や子供たち、家族に囲まれて安らかに眠りにつきました」と報告。覆面をかぶった父が幼いカートさんにミニ覆面をかぶせている思い出の写真をアップした。

 デストロイヤーさんは1931年、米ニューヨーク州バッファロー生まれ。シラキュース大学ではフットボール、レスリングで活躍。54年にプロレスデビューし、62年6月12日、ロサンゼルスで覆面レスラーのインテリジェント・センセーショナル・ザ・デストロイヤーとしてデビューした。デストロイヤーとは駆逐艦のことだ。

 63年、日本プロレスに初来日。キラー・コワルスキーにリング上で平手打ちしたシーンは語りぐさになっている。力道山との壮絶な抗争で、力道山最後のライバルとして空前のプロレスブームの立役者の一人となった。代名詞は日本初公開した足4の字固め。5月24日に東京体育館で行われた力道山とのWWA世界ヘビー級タイトルマッチのテレビ視聴率は、驚異の平均64%を記録した。2度目の来日となった同年12月7日、浜松での6人タッグ戦では、結果的に翌8日に刺されて15日に死去した力道山の最後の対戦相手となった。

 力道山の死後も日プロで豊登さん、ジャイアント馬場さん、アントニオ猪木らと死闘を展開し、最強外国人レスラーとしての地位を確立。馬場さんが72年に設立した全日本プロレスでは73年から6年以上、日本陣営で活躍した。

 本国ではWWA世界ヘビー級王座やAWA世界ヘビー級王座などのメジャータイトルを獲得。鉄人ルー・テーズのNWA世界ヘビー級王座にも挑戦した。ドクターXのリングネームでも活躍した。

 親日家としても知られ、日本テレビ系人気バラエティ「金曜10時!うわさのチャンネル」での和田アキ子やせんだみつお、徳光和夫アナウンサー(当時)らとのコミカルな絡みでプロレスファン以外の支持も獲得。現役引退後も日米親善の少年少女レスリング大会、東日本大震災の被災者支援などでたびたび来日した。

 2017年に旭日双光章を受章。20年の東京五輪を訪れることを目指していた。

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