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4の字固めを確立した脚線美 デストロイヤーさん

3/8(金) 14:48配信

時事通信

◇足を隠した「ドクターX」
 コブラツイスト、バックドロップ、パイルドライバー…。昭和のプロレス黄金時代、子どもたちは教室や校庭の砂場でプロレスごっこに興じて技を掛け合った。思ったほど痛くない技があることや、けがをしないように掛けるコツも分かったものだが、足4の字固めは痛かった。

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 7日米国の自宅で亡くなったザ・デストロイヤーさん(本名ディック・ベイヤー)の代名詞だった必殺技。掛けるのも難しくて、ジャイアント馬場のように足が細くて長い相手には掛けやすいが、太くて短いと相手の足がなかなか「4」の形にならないし、こちらの足も絡ませにくい。
 掛ける方にもダメージがある。その名を日本のファンに知らしめた1963年の力道山戦は、足4の字固めを掛けたままレフェリー・ストップとなり、2人とも数日間は足のはれが引かなかったという。
 デストロイヤーさんは使い手の先人だったバディ・ロジャースの後継者として、掛け方などを研究し改良した。得意技として完成できたのは、足が人一倍強かったからだった。
 強いだけではない。著書によると米国時代、「あの足を見るだけでしびれちゃう。だから会場に通っているの」と言って追っかけをしている女性ファンがいた。興行主の希望で別の覆面レスラー「ドクターX」としてリングに上がった時、足も黒いタイツで隠したのは「足でデストロイヤーと分かってしまうから」。すらりとした脚線美もまた、足4の字固めを可能にした。
 世代によっては、テレビのバラエティ番組「金曜10時! うわさのチャンネル!! 」で、和田アキ子やせんだみつおらとお茶の間を楽しませた時代の方が印象深いだろう。だが、リング上のファイトにもテレビで見せるコミカルな姿にも、真摯で常にファンの期待に応えるプロ意識が共通していた。家族ぐるみの付き合いだったというせんださんは「真面目で子煩悩。学者肌で頭の切れも良かった。日本の友人、日本をとても愛している人だった」と悼む。

◇日本に少年レスリングクラブ
 大学時代はアマチュアレスリングの選手。教員免許を持ち、79年に拠点を米国に戻してからはレスラーをしながら教壇に立っていた。93年の引退後は、日本の友人たちと東京都内に少年レスリングクラブ「フィギュアフォークラブ」を設立するなど、スポーツを通じた青少年の育成や国際交流に尽力した。
 同クラブで指導する本多尚基さんは「教育者としてもスポーツを見ていて、レスリングを分け隔てなく広めようとしていた」と話す。クラブには今、100人ほどの子どもたちがいて、「デストロイヤーさんの思いを受け継ぐ子どもたちを育てたい」と本多さん。
 最近まで頻繁に来日し、東京・麻布十番商店街の夏祭りにも顔を見せ、チャリティーサイン会などでファンと交流していた。
 東京都港区レスリング協会が開催する「デストロイヤー杯レスリング大会」は今年、12回目を迎える。勝敗を決めるだけでなく子どもたちの成長につながる場に、というのが大会の理念だ。
 顧問のデストロイヤーさんは昨年の大会に出席できなかったが、メッセージを寄せ、「最近心臓の手術をしたばかりです。完治するまで飛行機に乗らないよう、主治医から強く言われています」と健康状態を報告。
 550人を超す参加者たちに「もしあなたが100%の力を注いだら、どんな結果になろうとも、全力を尽くすことの意味、そしてその大切さが分かるでしょう」「人生の若い時期というのもいずれ過ぎていくのです。ですから、ぜひ全力を尽くし時間を使ってください」などと思いを伝えていた。(時事ドットコム編集部)

最終更新:3/8(金) 15:22
時事通信

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