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東京五輪後にプロレスラー転向を決めている異色の男

3/9(土) 10:00配信

日刊スポーツ

トラは五輪を経てライオンとなる-。

もうすでに東京オリンピック(五輪)出場を果たした後の道を決めている異色の男がいる。

「プロレスラーですね。すっごい面白いです」。

地毛の金髪に、彫りの深い端正な顔立ち、肉体はとても肉厚な115キロ。そして、生まれは日本から遠く約6000キロ西、カザフスタンのリッダー。「この前は力道山の映画、見ました」といまや通訳いらずの流れる日本語を操る体格だ。

オレッグ・ボルチンは来日6年目の27歳。カザフスタンのフリースタイル125キロ級代表として第2の母国、日本で催される夢舞台に迫っている。

「日本にきてすぐ(13年9月)に東京で五輪が決まって。絶対出たい」。そして、続ける。「その後は新日本で頑張ります。技もすごい。やりたいです」。現在所属するのは興隆著しい新日本プロレスの親会社のブシロード。五輪の活躍を手土産に、マットからリングが主戦場となる。

11歳、すでに185センチの「ガリガリ」だった少年はいじめられる側だった。偶然自宅近くにできたレスリング道場に、虚弱を心配した親が入門させたのが転機。「それから身長は2センチしか伸びてない」とおどけて肩をすくめるが、その僧帽筋の盛り上がりこそが競技歴16年の証しで、いまは重量級の屈強なレスラーとなった。

母国で名をはせ、アジアで名をはせ、縁があって山梨学院大で学ぶため日本にやってきた。故郷ですでに入学していた大学は、1年で辞めた19歳の頃。まるで軽業師の身のこなしに高速タックルの留学生はすぐに大学界を席巻。グレコローマンも含めた2スタイルで大暴れの全日本大学生選手権4連覇の強者の運命を変えたのは、山梨学院大の高田裕司監督の一言だった。

「お前は絶対にプロレスに合っている」。

日本にいたかった。卒業後の進路をどうするか迷う間もなく、恩師からブシロードの永田裕志監督に話は伝わり、外国籍でも英語圏でない出自に魅力十分で、将来のスター候補として入社が決まった。カザフスタンではプロレスの中継はなかったが、格闘技が盛んな地域。17年4月の入社会見直後に後楽園ホールで生観戦したボルチンは「最高でした」と震えた。

日本で手に入れたのは組み手の巧みさ。それまで体格を生かしたタックル一辺倒に、差し合いにも堂々。「うどん、ラーメンはカザフスタンにいる時に食べたくなる」と相性ばっちりの日本食の手助けも受けたスタミナ強化が加わり、成績も右肩上がり。今年2月の全カザフスタン選手権で2連覇し、4月のアジア選手権の成績次第で9月の世界選手権代表、そこでの成績で東京が見えてくる。

永田監督をして、「いまでも十分プロで通じるけど、うちの道場くれば飯も食える、筋肉も大きくなる。5キロ増なんてすぐだな。怪物ができる」といまから待ち遠しくさせる。リングの上で決めポーズの「ゼアッ!」をそろわせる日も遠くなさそう。

練習で着用していたカザフスタン代表のシングレットの前面には大きく虎のイラストが描かれていた。「高いところに住んでいる珍しいトラみたいです」。くしくも、新日本プロレスの象徴はライオン。普段は優しい好青年は、試合が近づくと言葉がたけだけしくなるという。すでに心に宿しているのは肉食獣のような相手に襲いかかるどう猛さ。それもまた格闘技界を生き抜くためには必要な資質。レスリング界の王様となり、百獣の王となるべく、今日も練習で虎の顔をぐっしょりと汗でぬらし、その大きな爪を研ぐ。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「ウィラブスポーツ」)

最終更新:3/10(日) 23:28
日刊スポーツ

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