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東京マラソンで大学生が日本人トップになってしまった3つの理由

3/10(日) 17:03配信

VICTORY

3月3日に行われた東京マラソン。冷たい雨に降られたこともあり、日本勢の戦いは意外なゴールが待っていた。日本新記録が期待されていた大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)は29kmで途中棄権。大迫とともに第1集団でレースを進めた中村匠吾(富士通)と佐藤悠基(日清食品グループ)も後半に失速する。日本人トップ(5位)に輝いたのは、ほぼノーマークといえる堀尾謙介(中央大学)だった。

黒縁メガネがトレードマークの堀尾は大学4年生。今年の箱根駅伝は花の2区を区間5位で好走しているとはいえ、日本選手権の出場経験はなく、今回が初マラソンだった。格上の有力選手を抑えて、学生ランナーが日本人トップになってしまったのは、どんな理由があるのだろうか。筆者なりに考察してみた。

1つ目の原因は、天候

まずは今回の悪条件が大きく影響している。9時10分(スタート時)の天候は雨、気温5.7度。気温は10時30分(約27km通過時)で4.7度、11時15分(ゴール直前時)で4.9度と推移した。

バイクで先頭集団を追いかけながらペースメーカーに指示を与えていた早野忠昭レースディレクターは、「スタート時よりも寒くなり、手先、足先から冷えてくるのを感じました」とレース後に話している。男子エリートの部は出走108人中、24人が途中棄権した。前回は14人がサブ10を達成したが、今回はわずか4人。リタイアの多さと、上位勢のタイムがレースの過酷さを物語っているだろう。

選手、スタッフは天気予報をしっかりと確認している。冷たい雨になり、気温がさほど上がらないことは予想していても、「気温が下がる」ことは想定していなかったはずだ。ペースが落ちるとエネルギー消費量も落ちるため、身体が冷えやすくなる。その結果、終盤にペースダウンした選手たちは寒さで動かなくなり、それがタイムにも影響した。

フィニッシュ後の選手たちは、あまりの<寒さ>にカラダを震わせていた。上位選手で例外だったのは、終盤までペースを保ち、8位(2時間11分05秒)に食い込んだ神野大地(セルソース)くらい。15位(2時間14分52秒)に終わった中村は低体温症で病院に運ばれ、16位(2時間15分07秒)まで転落した佐藤は、手が震えてスープを持つことができないほどの状態だった。

「前半は体力もあったので寒さはさほど気になりませんでした。でも後半は体力を奪われて、身体も冷えてきて。最後の方は頭もまわらないような状況でした」と佐藤は語っている。途中棄権した大迫も体調不良のためレース後は取材に応じることができず、大会事務局を通して、「スタート地点から寒くなって、身体が動かなくなり棄権せざるを得ない状況でした」というコメントを残した。

一方の堀尾は、特別な寒さ対策をしていたわけではないが、「(中央大学グラウンドのある)八王子の朝は氷点下ですし、風の強い河川敷で練習をしてきたので、寒さには耐性があるなと思っていました」と悪天候をポジティブにとらえていた。

マラソンは自然との戦いでもある。昨年4月のボストンマラソンでも寒さを味方につけた川内優輝(埼玉県庁)が優勝をさらっており、堀尾も「MGCを獲得するには、天候が良くない方がチャンスはある」と思っていた。

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最終更新:3/10(日) 17:03
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