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島に舞い戻った「レモン王子」の奇跡 国産レモン知られざる「酸っぱい歴史」売り先ないのに作り過ぎて……

3/16(土) 7:00配信

withnews

大ヒットした米津玄師さんの曲名にもなったレモンですが、瀬戸内海の島に「会いに行けるレモン王子」がいます。生産量日本一を誇る島の歴史をたどると、日本のレモンがたどってきた苦難の歴史が見えてきました。(朝日新聞記者・東野真和)

【写真特集】瀬戸内海の島に現れた「レモン城」そこにいた王子は…… 「レモン谷」のハート形レモンも

年間100万個

広島県のJR尾道駅から車で30分。眺めのいい橋を渡って三つめの島が、レモン生産量日本一の生口島(いくちじま)です。米津玄師さんが紅白歌合戦で熱唱した大塚国際美術館のある徳島県とも瀬戸内海でつながっています。

丘陵部にレモン畑が広がり、「レモン谷」の標識や、レモンをあしらったベンチなどもあり、サイクリングロードとしても整備されています。

島出身の画家平山郁夫の美術館近く、県道沿いのレモン色のお城のような建物に「レモン王子」こと奥本隆三さん(36)はいました。西洋の王子様とはちょっとイメージは違いますが、貫禄はあります。

この建物は土産物店が閉店して長く空き店舗だったのを、奥本さんが3年前に借りました。店内は瀬戸田産レモンを材料にした菓子、飲料、化粧品など46種類の商品がそろい、その半分は自社製。建物の半分は工場で、瀬戸田産レモンの皮を手作業でむいています。

奥本さんは日本の洋菓子作りの本場・神戸でパティシエの修行を積み、販売の仕事も経験しました。一方で、華やかな神戸から故郷の生口島に帰省すると、若者が減ってだんだんと活気を失っていくのを何とかしたいと思うように。

「日本一のレモンの産地と、自分の菓子作りの技術を組み合わせれば、大きな可能性がある」

2008年に島に戻り、小さな洋菓子店「パティスリーオクモト」を夫婦で開店。試行錯誤の末、翌09年に販売を始めたレモンケーキ「島ごころ」が年産100万個を記録する大ヒット商品になりました。瀬戸田産のレモンの皮をジャムにして練り込んだレモン型をしたケーキです。

Uターン者を中心に従業員を増やし、今は50人ほどになりました。

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最終更新:3/16(土) 7:00
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