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震災から8年。被災地を“定点撮影”し続けるカメラマンたちが感じる「復興」

3/11(月) 11:03配信

テレ朝POST

東日本大震災から8年が経つ。

テレビ朝日・報道局のカメラマンたちは、震災直後から被災地100か所以上の「定点撮影」を行ってきた。その映像が、2月21日より特別サイトで公開されている。

8年経って新しくなった町、8年経っても時が止まったかのような“あの日”のままの町。被災地の風景の変化を同じ場所、同じアングルで記録してきたカメラマンたちの感じる“復興”とは。

このプロジェクトに携わるひとり、瀧澤晋也カメラマンは、定点撮影が始められたきっかけについて、次のように話す。

「東日本大震災という大災害を伝えていくうえで、短い期間だけではなく、長い目で復興を記録し続けなくてはならない。そういう発想をきっかけに始めました。後世に伝える方法のひとつとして、“定点撮影”というのは現場に行った我々カメラマンもすごく意味のあることだと信じてやってきています。

同じ場所・同じアングルで撮り続けるためには、三脚を同じ場所に置き、同じ高さで、同じレンズのミリ数で、とにかくずっと引き継いでいかなければなりません。ときおり撮影者が変わることもありますが、撮影場所含めすべてを引き継げるようにしてきました」

このように始められ、実施されてきたプロジェクト。カメラマンたちは現在、復興を感じているのだろうか。

「1年や2年では状況は全く変わらないだろうということは最初からわかっていました。実感としては、5年目くらいまでは本当になかなか変わらなかった。変わってこれなかった場所のほうが大半のように感じていました。

現在となっては、変わった場所もありますが、変わらない場所もある。本当にさまざまです。復興のスピードは、町によってそれぞれ違う。被災した場所それぞれによって抱える事情が違うということをすごく感じています」

ここで語られる“事情”には当然、福島第一原子力発電所の事故も含まれる。取材班は、岩手県や宮城県には2011年からカメラを入れることができたが、事故の被害に遭った福島県の一部地域にはなかなか入ることができず、記録を残している場所のひとつである福島県・浪江町の撮影が初めて許されたのは2013年4月からだったという。

その時点からの記録しかないため、福島県が岩手県や宮城県と比べて「復興のスピードが遅い」という言い方をしたくないとしたうえで、瀧澤カメラマンは福島県について次のように話す。

「福島県内の原発事故で被害に合った地域、双葉町・大熊町・浪江町・楢葉町といったあたりの復興の遅れというのは、他の県の復興を知っているだけに大きいと感じます。定点映像の中でも、明るい映像、福島が前向きに感じられるような映像を残していきたかったのですが、なかなか難しかった。

今でも前向きな画を探しているところですが、やはり汚染土や黒い袋に入ったものが多いと感じてしまいます。自信を持って“前向きな福島”を残せたと思える記録は、まだないんです」

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最終更新:3/11(月) 11:03
テレ朝POST

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