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父が見た「言い訳小僧」の悔し涙【マラソン井上大仁の素顔】

3/12(火) 11:54配信

西日本スポーツ

 9月に行われるマラソン代表選考会「グランドチャンピオンシップ(MGC)」の国内選考レース「MGCシリーズ」が10日に終わるなど2020年東京五輪の足音は確実に近づいてきている。そのマラソンの男子で評価を高めているのが井上大仁(26)=長崎・MHPS=だ。昨夏のジャカルタ・アジア大会では日本人として32年ぶりに優勝するなどタフさと安定感を併せ持つ。国内屈指のランナーは運動音痴な「か弱い坊ちゃん」だったが、父正文(53)と母康子(57)は「負けず嫌いで、我慢強かった」と思い出す。両親が井上の“成長記”を振り返る。

【写真】手先が器用な井上が作ったカモシカの折り紙

■運命変えた母のひと言

 家族で箱根駅伝を見ていたとき、康子が軽い気持ちで放ったひと言が大仁の運命を変えた。

 康子「2005年正月。中学進学が迫った大仁はサッカー部に入りたがっていた。そんな大仁に『見てごらん。箱根駅伝で走ったら、ずっとテレビに映るよ。サッカーだと一瞬しか映らないよ』と勧めた。足が速いからじゃない。共働きなので、サッカー部に入ると送迎が大変。陸上だったら諫早の競技場まで近いので楽と思った」

 大仁は幼少期から気管支が弱く、食も細かった。1歳上の姉優希と入ったドッジボールのチームでは、控え組のBチームでも補欠。康子の実家近くにあるプールで練習しても泳げなかった。ただし、人一倍の我慢強さを持っていた。

 康子「小学1年生のとき。自宅近くの神社にあるブランコでおなかを打つ。泣かずに帰ってきたけど、顔は真っ青。病院で『内臓破裂の恐れがあります』と言われた。結局、打ち身だけで大丈夫だったけど。怒られると思うことをしたときは泣かなかった」

 我慢強さは地道な走り込みで生き、才能開花の礎となった。正文が新聞販売店を営む知人に頼まれ、新聞配達を手伝うと、大仁も協力を申し出た。配達地域は坂道ばかり。車で配れない細道を上って配る日課は、高校を卒業するまで続けた。

 正文「中学1年の12月から始めた新聞配達。大仁のペースはだんだん速くなり、息が上がらなくなった。最初は70軒ほどを40分かけて配っていたけど、最後は130軒ほどを45分ぐらいで配り終えた。配達を終えたら近くの小学校の校庭をランニング。朝4時に起きなければ放置するつもりだったけど、しっかり起きて手伝ってくれた」

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最終更新:3/12(火) 11:54
西日本スポーツ

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