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野球でふるさとに勇気 復興道半ば、風化懸念 ロッテ・平沢大河選手(21) 【大震災ちば8年】

3/13(水) 11:03配信

千葉日報オンライン

 「もう8年なんだな、と。あっという間だけど、復興はまだまだ。野球を通して、被災した方に勇気を与えられる存在でありたい」。プロ野球千葉ロッテマリーンズの平沢大河選手(21)は、まっすぐなまなざしで、東日本大震災で甚大な被害を受けたふるさと東北に対する思いを語る。

 中学1年だった2011年3月11日。仙台市の東側に位置する宮城県多賀城市にある自宅で、2歳上の兄と過ごしていたところ、経験したことのない大きな揺れに襲われた。幸い家と家族は無事だったが、震災後1週間は電気が止まった。

 同市は市面積のおよそ3割が津波で浸水。188人が犠牲になった。家を流された友人もいた。野球の練習グラウンドは巨大津波にのみ込まれた。「チームがなくなるかもしれない」。野球どころではなかった。

 しかし、チームの保護者たちの思いは「子どもたちに野球を」だった。約1カ月後には再びグラウンドで白球を追っていた。当たり前の日常が、当たり前に過ごせるありがたさ。野球ができる感謝の気持ちと、ふるさとへの思いを強く持つようになった。

 プロ2年目の17年12月、福島県南相馬市で開かれた「ベースボールフェスタin福島」に参加した。野球を通じて子どもたちと交流し、元気を与えることが目的だった。

 「みんな元気で、温かく迎えてくれた。『会えてうれしい』『頑張ってね』などと声を掛けてもらった」。被災地を励まそうとするこちらの思い以上に、被災者から前向きになる力をもらい「頑張らないと」。同じ“東北人”の心の強さを感じ、自らを奮い立たせる気持ちを新たにした。

 あの日から8年。「復興は終わっていない」。自分が知っている東北の姿とはほど遠いと感じる。「僕には周りを変える力はないけれど、震災の経験を忘れず、風化させないよう継承していきたい」

 復興のために何ができるのか。どんな支援ができるのか。バットを振る背番号13は、ふるさとへの思いを打球に乗せる。

 ◇ひらさわ・たいが 1997年12月24日生まれ。宮城県多賀城市出身。小学1年で野球を始め、仙台育英高では遊撃手として出場した2015年夏の甲子園で準優勝。ドラフト1位で千葉ロッテに入団。背番号13。

最終更新:3/13(水) 11:03
千葉日報オンライン

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