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日系社会の遺産調査25 国士舘の名残を残す「町田武道場」

3/13(水) 7:11配信

サンパウロ新聞

 パラー州ベレン市レドゥント区の国士舘ベレン支部武道館(Tv. Quintino Bocaiuva, 1687)は、ブラジル空手普及に尽力し、現在も同州最大の空手道場「町田武道館(APAM=Asociacao Paraense de Artes Marciais)」として親しまれている。

 1930年、学校法人「国士舘」の理事を務めていた上塚司衆議院議員がアマゾン開拓の中堅指導者育成のために、同舘内に1年間の課程を組んだ国士舘高等拓殖学校を設立。34年に廃止されるまで同課程卒業生である「高拓生」を第2回までアマゾン地域に派遣している。

 79年、アマゾン入植50周年に来伯した国士舘の慶祝団は、高拓生との再会を契機に、日伯間の武道・スポーツ・文化交流を目的とした支部創設を決意する。翌80年7月に、国士舘大学はパラー州立大学、サンパウロ(聖)州立大学(USP)と「武道スポーツ教育交流協定」を締結して、それぞれに国士舘大学協会を設立。パラー州国士舘大学協会初代会長には第一回高拓生を率いた国士舘教員の故・越智栄氏が就任した。

 同協会創設時の理事で、国士舘ベレン支部長を務めた武道家の町田嘉三さん(72、茨城、空手七段)は当初、武道館2階に師範兼管理人として家族で居住し、門下生に武道空手を指導していた。

 町田さんは「当時と変わっていない部分が多い」と語り、武道場の壁には日本空手協会(JKA)から越知会長に贈られた額や、町田さんに空手を指導した、空手世界大会を3度制覇している田中昌彦氏が描いた掛け軸などが飾られている。武道場に隣接する日本庭園も当時のままで、座禅を組む場として欠かせない場所だという。

 1980年頃の国士舘ベレン支部武道場は、600人以上の門下生を抱え、武道場に入りきれなくなっていた。82年から翌年にかけて、パラー州国士舘大学協会の越知会長と町田さんが日本の国士舘に依頼し、戸田建設による増築工事が行われている。 

 86年、国士舘大学の理事会で、ベレン支部を閉鎖し、聖支部に統合されることが決定。それに伴い、町田さんが国士舘側と交渉して武道館跡地を購入した。

 町田さんは、1階に武道場、2階にトレーニング・ジム、事務所、医務室を設け、当初の屋上に3階を増設し、柔道や合気道などの柔術を行う道場を設けた。

 現在は、門下生700人以上、従業員が20人を超える同地最大規模の空手道場にまで成長したが、楓をモチーフにした武道場のロゴマークは国士舘の名残を残している。また、武道場の建物は、築100年を超える伝統建築であるため、景観保存のため取り壊し不可能な建築物として同市から指定されている。

 さらに、武道場や様々なトレーニング設備を完備したスポーツ施設(=第2武道場、 Av. Pedro Miranda, 956 )が息子の町田武彦さん(42、2世)によってペドレイラ区に建設された。現在は第3の施設建設も、今年3月開館を目途に進められている。

 一方、聖支部は97年に閉鎖されると同時に、ブラジル日本文化福祉協会に引き渡され、現在まで聖州サン・ロッケ市に武道場を完備した「国士舘大学スポーツセンター」として残っている。(つづく)【戸田和敬】

サンパウロ新聞

最終更新:3/13(水) 7:11
サンパウロ新聞

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