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【天皇と平成シリーズ】「威厳がない」批判退け被災者に寄り添う 長崎・普賢岳噴火が原点に

3/14(木) 17:00配信 有料

西日本新聞

九州豪雨の被災者をお見舞いする天皇、皇后両陛下=27日午後2時2分、福岡県朝倉市の朝倉市役所杷木支所(代表撮影)

 戦争と復興の時代だった昭和を経て、1989年に始まった平成は、2019年4月末で終わりを迎えます。「天皇と平成シリーズ」では、新たな時代の象徴天皇として歩んでこられた天皇陛下の足跡をたどり、九州・沖縄を中心にゆかりの人々の秘話を掘り起こすことで、平成という時代を振り返ります。
※この記事は2017年10月28日時点の内容です

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 むき出しになった山肌、土砂で押しつぶされた家屋…。死者37人、行方不明者4人を出した九州豪雨からまもなく4カ月。被災地は復興に向けて動きだしたが、生々しい傷痕は残る。

 10月27日、被災地を訪問された天皇、皇后両陛下は、高速道路を走る車中から被害状況を見たという。福岡県朝倉市で犠牲者の遺族と面会した両陛下は一人一人と視線を交わし、「大変でしたね」「苦しかったですね」と語り掛けた。

 被災地に足を運び、傷ついた人々を励まし続ける天皇陛下。今日では当たり前になったこの姿の原点は、長崎県の雲仙・普賢岳噴火災害にある。

 43人が犠牲になった火砕流の発生から1カ月後の1991年7月。噴火活動も終息しない中、天皇陛下は即位後初めて被災地を訪れた。島原市長だった鐘ケ江管一さん(86)は「宮内庁も内閣も危険だから止めたが、どうしても行くという陛下の強いお気持ちがあったと聞いた」と語る。

 被災間もない地域への慰問は、昭和天皇の時代は考えられなかった。被災地に負担を掛けないように、同行者は普段の4分の1程度。食事も、鐘ケ江さんらと同じカレーライスとフルーツ、コーヒーで済ませた。 本文:2,620文字 写真:2枚

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西日本新聞

最終更新:3/14(木) 17:38
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