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チームラボ代表・猪子寿之が明かす「夜中にアート作っていた」時代 「一館丸ごと」作品展につながるまで…

3/15(金) 7:00配信

withnews

 徳島市出身でアート集団「チームラボ」代表の猪子寿之さん(41)は、ウェブサイトの制作をしながら「出口がない中、ずっとアートを作ってきた」と言います。国内より先に海外で認められ、世界デビュー。様々な分野のスペシャリストで構成される集団を率いながら、芸術に情熱を傾ける理由とは何か? 猪子さんの思いを聞きました。(朝日新聞徳島総局記者・佐藤常敬)

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「20世紀にできた組織に入ってはいけないと思った」

<猪子さんは、高校3年生の時にインターネットの存在を知り、大学入学で上京してネットをつないだ。「世界と直接つながっていることに対して非常にロマンチックな気持ちになって。何か新しい社会が始まるんじゃないかと」。2001年の春に東京大学工学部計数工学科卒業と同時に、友達と東京都文京区に「チームラボ」を設立する。>

 新しい社会が始まるってことは、人類の歴史上、社会の価値観から必要なことや、重要な価値観やスキルが大幅に、まったくもって変わる。産業革命が起こっているのに「腹切り」の練習をしていてもしょうがないでしょ。

 人類の歴史上、極めて大きな変革が起こっていることは事実で、新しい社会はどんな仕組みになるか分からなかった。革命の前後で、社会の状況、ありよう、必要な能力はいつもまったく違うということは歴史から学べる。

 つまり未来は分からないけど、20世紀的な価値観になったり、20世紀にできた組織に入ったりしてはいけないと思った。だったら自分でやろうと。志が高いポジティブなものではなかったけど、自らの居場所を作りたいと思った。

「アートによって世界の見え方が変わっていった」

<自分で立ち上げた集団、そこは、好きだったアートとサイエンスをやっていくための器だった。>

 居場所でやりたいことは決まってはいなかったけど、自分は小さい頃からサイエンスとアートが好きだった。サイエンス的なアプローチだったり、アート的なものがやれたらいい、と漠然と思っていた。

 サイエンスによって人間は見えてる世界が増えていった。ほとんど見えなかった世界が見えていく。アートというものもアートによって人類の世界の見え方が変わっていった。

 何かそういう見え方が変わっていくことがおもしろいと思っていたし、サイエンスによって世界の見え方が増えていくことがおもしろいし、アートによって世界の見え方が変わっていくことがおもしろいと思った。

 人は大昔、洞窟ではこんな壁画描いていたのに、ルネサンスの時は写真みたいに世界が見えていたんだ、と。

 アートによって世界の見え方が変わっていくということがロマンチックに思った。人が、花を「美しい」と思うことは極めて分かりにくい現象だ。人が異性を美しいと思うのは遺伝的なリスクヘッジで、花は遺伝的には人間にとって最も遠いと存在といえるのに、そういうものになぜか美しいという生殖対象に使っていた概念を持ち込んだ。

 極めて意味不明だが、それがきっと美が拡張した瞬間だと思った。しかし、そのおかげで人は、何か自然をめでるようになった。動物は自然を単なる搾取の対象としていたのに、木を切りすぎたら怒られるとか、たたりが起こるとか、分からない概念を生んだ。

 でも、合理性を超越して「植林して切りすぎるな」と言って、美が人の行動に影響をあたえたおかげで人類は滅びなかったかもしれない。もっと合理性を追求したら人類は滅んでいたかもしれない。アートは人間が自ら新たな花を作り、自らの美を拡張する行為だと思う。美を拡張することで人類がベターになっていくんだと信じた。

 大げさな言い方をすると、ピカソはものごとを多面的に見た方が美しいとした。物体を幾何学的に描く「キュビスム」とはそういうこと。それまでものごとは一点で見て良かった。ピカソが多面的に見ることを美しいと思って、それが美しいと思っちゃった。美が変わり、世界の見え方変わっていくことがすごいすてきなことなんじゃないか、と。

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最終更新:3/15(金) 7:00
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