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70年代が描く「いま」を丁寧に撮り上げた、バリー・ジェンキンス監督『ビール・ストリートの恋人たち』

3/15(金) 17:40配信

CINEMORE

活かされたバリー・ジェンキンス監督の作風

 『ラ・ラ・ランド』(16)と競り合い、第89回アカデミー賞作品賞に選ばれた『ムーンライト』(16)は、特徴的な撮影と編集によって、孤独な日々を送る一人の人間の心情を、美しく幻想的にとらえた傑作だった。まだ30代にして、この純粋な魂を映し出す映画を完成させた、早熟のバリー・ジェンキンス監督の注目すべき次の作品が、20世紀アメリカを代表し、アフリカ系の作家としても著名な、ジェイムズ・ボールドウィンの小説を原作とした『ビール・ストリートの恋人たち』である。

 ジェンキンス監督は、この小説の映画化を長い間計画していて、時間をかけ自ら脚本を書き上げている。結末部分に監督の大きな“付け加え”があるものの、おおむね原作に忠実である。そして、『ムーンライト』と同じく、編集によって美しく整えられた色調によって、ひとつひとつのシーンが、慈しむように丁寧に撮られていることから、この物語への監督の強い愛情がひしひしと伝わってくる。

 というのも、この原作は人種差別問題が背景となる冤罪事件を描いているように、差別という重苦しい要素を扱いながらも、全体的な印象はむしろロマンティックで繊細な雰囲気なのだ。キキ・レインが演じる“ティッシュ”、ステファン・ジェームズ演じる“ファニー”の、運命的な恋人同士が、その意に反して刑務所の塀を隔てて別れ別れになるという悲劇的な構図は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を想起させるところがある。

 この社会問題への意識と、繊細な美しさが同居する世界観というのは、『ムーンライト』にも共通する。というより、かねてからのボールドウィン文学からの強い影響が、ジェンキンス監督の作風を生み出したといえるのかもしれない。しかし、描かれる問題自体はあまりにも深刻だ。

ジェイムズ・ボールドウィンのハーレム

 舞台となるニューヨークのハーレムは、ボールドウィンの生まれた場所でもある。そこで彼は10歳の頃、不審者として白人警官に身体検査を受けるという、理不尽としか思えない人種差別による仕打ちを経験している。といっても彼は、黒人社会の仲間内のなかで居心地の良さを感じていたわけでもない。性的な趣向におけるマイノリティであったということをはじめ、ずば抜けた聡明さで読書を好む性格から、学校の同級生には馴染めず、学生時代に教会で説教士の仕事に従事するものの、文学への傾倒によって信仰に疑問を持ち聖職からも離れたりしている。

 その孤独感は、本作の青年ファニーに受け継がれている。オブジェを製作し芸術家として成功を目指す彼は、ハーレムのなかでは理解されづらい存在だ。くわえて彼の母親はいささか熱心過ぎる神の信奉者であり、父親は家庭内で暴力を振るうような人物。このような家庭環境が、継父から暴言を受けながら育ったというボールドウィンの、“家族”というものに対する幾分冷静な描き方に反映されているように感じられる。

 ボールドウィンは被差別者としての視点を持ち、公民権運動にも参加しながら、その類い希な知性をもって差別問題を客観的な視点で分析する部分もある。それは、アフリカ系のなかでも孤独な面を持つボールドウィンだからこその複雑さであり、社会問題についての洞察の深さにもつながっている。

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最終更新:3/15(金) 17:45
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