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密着40日!プリンセス・ダイアナは薄幸そうな人だった

3/15(金) 19:00配信

FNN PRIME

突然の死

平成9年(1997年)8月31日の事はよく覚えている。僕は『ニュースJAPAN』という番組のプロデューサーになったばかりの37歳。その日は、たまの休みに友達3人と昼間から家でワインを飲んでいた。

【画像】ダイアナ妃交通事後直後の現場の映像

つけていたテレビに、「ダイアナ元妃が交通事故死」というニュース速報が出た。パパラッチに追いかけられ、猛スピードを出した車が中央分離帯に正面衝突したのだ。エジプト人のボーイフレンドと運転手は即死、ダイアナ元妃は病院に運ばれたが、意識は戻ることなく亡くなった。

ダイアナさん、死んだのか。その後は何だかワインも進まず、会は早々にお開きにしてもらった。夜になって、ダイアナ妃に会った時のことを思い出してしんみりした。

実物のダイアナさんは透けるような白い肌で、VTRや写真で見るよりはるかに美しく、しかし握手した手はとても冷たかった。

「Nice to meet you.(会えて嬉しいです)」とだけ言った声はか細かった。

この人、幸(さち)薄そうだなあと思ったことを覚えている。10年も前のことだ。

ダイアナ妃特番取材で英国へ

1986年だから、まだ昭和61年の1月。当時の僕は夕方のニュース「スーパータイム」のディレクターで、27歳だった。遅い正月休みが明けて出社すると、編集長のOさんが「平井ちゃん、ダイアナ密着しに英国に行って。すぐに!」と言う。

チャールズ、ダイアナ夫妻が5月に来日することが決まり、それに合わせて特別番組を作ることになったらしい。番組の柱は2つで、花火を打ち上げてダイアナ妃に見てもらう、というのと、2か月密着してダイアナ妃とお友達になり、一言でいいからカメラにしゃべってもらう、という報道局制作にしてはふざけた企画である。

で、その2つ目のお友達になるというのを、お前やれ、というのだ。カメラにしゃべる、いわゆる「音をとる」のはチャールズでもOK、だという。無茶な話だが、とにかく英国に下見に行くことにした。

日本では皇室の取材は宮内庁記者クラブが仕切る。主要テレビ、新聞、通信各社が加盟し、1人か2人の常駐記者がいる。英国ではどうなっているのだろうか。まずそれを調べた。

なんとバッキンガム宮殿にはそういう記者クラブはなかった。ただし、タブロイド新聞やテレビ、雑誌を中心に作った、皇室取材のグループはあった。バッキンガムに対しても一緒に交渉しているという。ま、簡単に言うと英王室パパラッチのグループですね。

そのグループのリーダー格で、皇室雑誌「マジェスティ」編集長のイングリッドという女性に会い、「僕もそのグループに入れてくれない?」と試しに頼んでみたら、「いいわよ」と言う。こうして僕はパパラッチの一員になった。

ある日、BBCテレビのプロデューサーと食事をしている時に、「密着取材して、チャールズかダイアナに一言でもしゃべってもらうには、どうしたらいいだろうか」と相談したら、「ハンディカメラで撮ればいいじゃないか」とあっさり言われびっくりした。

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最終更新:3/15(金) 19:00
FNN PRIME

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