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憂歌団の多彩な魅力が詰まったアルバム『四面楚歌』

3/16(土) 18:00配信

OKMusic

OKMusicで好評連載中の『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』のアーカイブス。今回は多くのミュージシャンに影響を与えた大阪生まれの生粋のブルースバンド、憂歌団のアルバム『四面楚歌』を紹介する。憂歌団の初期の傑作アルバムのひとつは衝撃のデビュー曲「おそうじオバちゃん」(歌詞が差別的だと放送禁止に)や「嫌んなった」、「シカゴ・バウンド」などの代表曲が一気に聴ける初のライヴアルバム『生聴59分』。木村の味わいたっぷりのMCも含めて臨場感あふれるテイクが収録されているが、その翌年1978年にリリースされたアルバム『四面楚歌』は全曲オリジナル曲で構成されたスタジオレコーディングルバムだ。ホーンやストリングスが取り入れられ、それまでの彼らより少し洗練されているテイストになっている作品でもあるが、1曲目「出直しブルース」から憂歌団節全開! これも埋もれさせてはならない名盤である。
※本稿は2015年に掲載

日本で一番愛されたブルースバンド

憂歌団のメンバーは木村充揮(Vo&Gu)、内田勘太郎(Gu&Vo)、花岡献治(B&Vo)、故・島田和夫(Dr)の4人。同じ大阪の高校に通っていた木村と内田により1970年に結成され、のちに花岡と島田が加入した。1975年にデビューを飾って以来、その躍進は目を見張るものがあり、伝説の『夕焼けコンサート』や当時の関西のロック&ブルースシーンを語る上で欠かせないイベント『8.8 Rock Day』にアコースティックバンドとして初出演するなど、精力的なライヴ活動でその名を全国区に広げていく。

10代だった自分も関西のブルースが大好きで、当時すでに解散していたウエスト・ロードブルースバンドやブレイク・ダウンなどにハマっていたのだが、憂歌団は中でもドメスティックというか、日本人濃度の高いブルースを奏でるバンドとして強烈な印象を放っていた。1度、聴いたら忘れられない“天使のダミ声”と称される木村のしゃがれまくったヴォーカルとワーキングクラスに焦点を当てた生活感たっぷりの歌詞、内田の粋でブルージーなギターフレーズーー。RCサクセションの忌野清志郎と並ぶぐらい木村の歌声は存在感があり、あらがえない魅力というか魔力のようなものがある。

憂歌団のライヴを学園祭で観たことも忘れられない思い出として残っている。思わせぶりなタイトルが付いていたライヴだったこともあり、学校の音楽好きの中で「憂歌団はもう解散するのかもしれない」という噂が流れ、チケットは飛ぶように売れた。学祭当日、異様な熱気に包まれる中、何曲か歌い終わった木村がタイトルに触れ、「あ、あれは、しばらく東京でライヴをやらないという意味で~」と説明すると大ブーイング。お菓子やらがステージに投げ込まれるほどの騒ぎとなった。が、もちろん、みんなマジで怒っていたわけではなく、むしろ「解散じゃなくて良かった」とさらに盛り上がり、憂歌団のペースに巻き込まれたのは言うまでもない。

ちなみに憂歌団は1976年にはテネシー州出身の伝説のブルースマン、スリーピー・ジョン・エスティス(翌年に他界)と共演。1980年にはローリング・ストーンズなど数々のアーティストに多大な影響を及ぼした“シカゴブルースの父”と評されるマディ・ウォーターズとも共演を果たしている。冒頭に触れたようにザ・クロマニヨンズの甲本ヒロト、Ken Yokoyama、斎藤和義、BEGINなど、憂歌団をリスペクトしている日本のミュージシャンは数え切れないだろう。音楽のみならず、そのあったかい人柄も含めて日本で一番愛されたブルースバンドと言えるかもしれない。

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最終更新:3/16(土) 18:00
OKMusic

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