ここから本文です

「罪」犯した歌手や俳優の作品は排除すべき? 歴史に見る文化全体消し去るリスク

3/16(土) 11:06配信

The Telegraph

【記者:Zoe Strimpel】
「道徳観念が全くない人」から「ふしだらな人」──セクハラ告発運動「#MeToo(私も)」が続く中、そういった人々が多くの文化を生み出していることが、極めて明白になっている。

 著名な歌手や俳優が次々と、多くの場合は文字通り恥さらしな捕まり方をしているこのひどい状況に、我々はどう対処すべきか? 文化の記録から彼らの作品を削除すべきなのか?

 まだ、そこまでには至っていない。だが、すでにさまざまな人物が切り捨てられている。例えばケヴィン・スペイシー被告は性的暴行疑惑が浮上した後、米人気ドラマシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」から降板させられ、映画『ゲティ家の身代金』からも外された。

 だが、作品を残すか否かというジレンマは強まる一方だ。今月、ある種の重大局面が訪れた。米ケーブルテレビ局HBOが、米歌手故マイケル・ジャクソンさんに関する新しいドキュメンタリー映画『Leaving Neverland』を放送したのだ。作品は、幼い頃にジャクソンさんから性的暴行を受けたという2人の男性の証言を含むものだった。証言はおぞましく、物議をかもす内容だった。この放送を受け、世界中のラジオ局がジャクソンさんの楽曲の使用を自粛。かつてのファンの中には、ジャクソンさんの曲を二度と聞いたり買ったりしないと言い放つ人も大勢いた。

 ジャクソンさんの輝きは、私生活や嗜好(しこう)における残忍性のせいで、かなり毒されてしまった。一方で、非凡な才能は行動とは関係なく、生き続けるに違いない。

 アーティストとその芸術作品は別物として考慮されるべきであり、そうできるはずだ。我々は、その事実を受け入れる方法を見つけなければならない。人気歌手や俳優の経歴に物議をかもす側面があると分かった時、それを認めながらも、引き続きその人の作品自体を楽しむことはできる。しかるべき罰は、法に任せるのだ。そうでないと、我々の手元には何が残るのか?

 子どもを巻き込んだジャクソンさんの行為は、大抵のケースより悪質だ。だが、西洋文明全体が人種差別主義者、同性愛嫌悪者、性差別主義者、反ユダヤ主義者らの創造力の上に成り立っている。古代ギリシャ人からルネサンスの哲学者、ビクトリア時代の小説家に至るまでだ。悪者を取り除こうとすると、文化全体を跡形もなく消し去ってしまうリスクがあるのだ。

 1868年に英国がエチオピアとの戦いに勝利した際、英国人兵士がエチオピア皇帝の髪を切り持ち帰った。髪を所蔵していた大英博物館は今月、人種差別主義的、帝国主義的とみなされるのを恐れ、これをエチオピアに返還した。この話を伝える記事を読むと、植民地主義者でなくとも震え上がるはずだ。こうした遺物を返還し出したら、何も残らなくなってしまうだろう。

 過去は人種差別主義的で、帝国主義的で、性差別主義的だった。だが、これに対する答えは消し去ることではなく、教育することだ。【翻訳編集】AFPBB News

「テレグラフ」とは: 1855年に創刊された「デーリー・テレグラフ」は英国を代表する朝刊紙で、1994年にはそのオンライン版「テレグラフ」を立ち上げました。 UK Consumer Website of the Year」、「Digital Publisher of the Year」、「National Newspaper of the Year」、「Columnist of the Year」など、多くの受賞歴があります。

最終更新:3/16(土) 11:06
The Telegraph

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事