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カラ売りだけじゃない「ウォール街の初代帝王」株買い占めでも奇利 ヤコブ・リトル(下)

3/17(日) 10:01配信 有料

THE PAGE

 米ウォール街革創期の相場師であるヤコブ・リトルは、「ウォール街の巨熊」とも呼ばれました。当初は街界隈で嘲笑されていましたが、やがて成功を積み重ね、恐れられるようになっていきました。“リトル包囲網”もものともせず、カラ売りを続けて巨利を得ました。3度は破産に追い込まれたものの復活、しかし4度目にしてついに没落。カラ売りで儲け、カラ売りで破綻した人生でした。

 カラ売りだけではなく株買い占めでも巨利を得て、向かうところ敵なしだったリトルが、ウォール街を去るまでの後半生を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

 2回連載「投資家の美学」ヤコブ・リトル編の第2回です。

 ヤコブ・リトルにとって投機は仕事であり、恋人であり、宗教であった。相場が立たない時間帯は空虚であり、取引時間の延長を訴え続けた。

 リトルが好んで相場を張ったのは、株と綿花であった。当時のアメリカで綿花は最重要商品であり、天候によって相場がよく動いた。1820年に33万4000ベールだったアメリカの綿花生産は1830年には71万1000ベール、1840年には134万6000ベール、1850年には213万4000ベール、1860年には383万7000ベールへと急増していった。

 アメリカの全輸出の半分を綿花が占めるようになり、綿花はアメリカ経済を支配する商品に育っていった。「綿花は王者」と呼ばれるようになるが、同時に投機商品の王者でもあった。

 ニューヨーク綿花取引所が創設されるのは1870年だが、それよりずっと前から綿花相場は立っていた。そこには、綿花相場の乱高下に賭ける投機師たちが群がっていた。

 リトルは「カラ売り王」と呼ばれるが、年中カラ売りばかりやっていたわけではない。買い占めもしばしばやった。その代表例がモリス運河株の市場操作である。「ウォール街二百年」は概略、以下のように伝えている。 本文:2,249文字

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最終更新:3/17(日) 23:59
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