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漫画家から転身した異色のTVディレクター。少年ジャンプ連載で学んだ“キャラ演出”

3/17(日) 15:00配信

テレ朝POST

テレビ朝日でバラエティ番組のチーフディレクターとして働く北嶋一喜(きたしま・かずき)。

好きな漫画家は『シティハンター』の北条司や『I”s(アイズ)』『電影少女』の桂正和だという彼は、大学時代に週刊少年ジャンプで漫画『大泥棒ポルタ』(2005年~2006年)を連載していた過去も持つ。

自身の連載が終了した後も、人気漫画『黒子のバスケ』でアシスタントを続けながら就職活動を行っていたそうだ。

北嶋ディレクターは現在、サンドウィッチマンとKis-My-Ft2が出演する番組を担当。その傍ら、番組の“こぼれ話4コマ漫画”を描き、番組SNSに掲載している。

そんな異色の経歴を持つ北嶋ディレクターに、漫画家ではなくテレビ局で働くことを決めた理由を聞いた。

◆小学生の頃から「漫画を“連載”していた」

―漫画家として活躍していたにも関わらず、テレビ局で働くことに決めたのはなぜですか?―

「漫画にこだわらず、“何かを作って人を楽しませる・人の感情を動かす”ことがやりたかったのが一番の理由です。なかでもテレビというメディアは圧倒的に多くの人に観られるので、それもやりがいかなと思い選びました」

―なるほど、漫画も“人を楽しませたい”という理由から始めたのですか?―

「漫画は、昔から絵は上手いほうだったのと、紙とペンがあれば簡単にできるということで始めました。大学ノートに描いて、それをクラスの友人が回し読みするという感じで“連載”もしていました。小学生の頃からやっていて、それの延長線上に今もいる、という感じですね」

―大学生の時に「週刊少年ジャンプ」での連載が決まり、生活は変化しましたか?―

「週刊連載なので、毎週締め切りが来る生活は過酷だったのですが、楽しさの方が勝っていました。その反面、僕の漫画は結果的に約半年で打ち切りという形で終了したので、人気商売というか、エンターテインメントを作る厳しさもその時に叩き込まれました」

◆漫画家の道ではなくテレビ局入社を選んだ理由

―就職活動中も人気漫画『黒子のバスケ』のアシスタントをしていたと聞きました―

「『黒子のバスケ』の藤巻忠俊先生とは、『ニセコイ』の古味直志先生のところなど他のアシスタント現場でも一緒にやっていてお世話になっていました。その頃はアシスタントをしながら自分の次回作の漫画もたくさん考えていて、大学の卒業も見えてきている時期だったので、漫画を描く合間にリクルートスーツを着て、毎日迷いながら過ごしていました」

―漫画家を続けていく道も考えていたということですか?―

「そうですね、どっちを選ぶかとても悩みました。正直いまでも漫画を描きたいと思うこともあって、まだ迷っています(笑)。でもテレビが元々好きだったのと、漫画は描こうと思えばいつでも描けるので、それならテレビの世界に飛び込んでみようかなって」

そうしてテレビ局に入社することになった北嶋ディレクター。入社して1年目からバラエティ番組の部署に配属され、複数の番組でのAD業務を経た後、現在の担当番組の前身番組でディレクターとなり、現在に至るという。

最後に、週刊連載まで担当した漫画家としての経験は、現在のテレビ番組の演出という仕事にどう活かされているのか聞いてみた。

「週刊少年ジャンプは特に“キャラクター至上主義”で、強いキャラ立ちが要求されていました。それが体に染みついているからか、テレビでも“どんな企画や演出だったら出演者の個性やキャラクター性が存分に発揮されるか?”という考えがまず頭に浮かぶんです。

そして、狙い通りに出演者と企画がマッチして楽しんでもらえたとき。『ああ、この感じ!これがやりたかった!』って、なんとも言えない達成感みたいなものが湧いてきますね」

最終更新:3/17(日) 15:00
テレ朝POST

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