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日本車の未来を考える

3/18(月) 6:32配信

ITmedia ビジネスオンライン

 2008年、米国を震源地として世界経済を混乱に陥れたリーマンショック以来、世界の経済地図が書き換わった。日米という2つの経済大国は深刻な不況に陥り、それまでのように世界経済をけん引できなくなったからだ。

【一覧】主要国の年間自動車販売台数

 そこで突然救世主になったのは中国だった。中国政府は世界同時不況が自国に及ぼす影響を阻止するため巨額の財政出動に踏み切った。結果としてまさに恐慌の淵にあった世界経済を中国が救ったのである。

 プラザ合意以降の自由経済をけん引してきた日米という2つの国がすくんで動けなくなっているとき、共産主義政府の中国が、結果的とはいえ世界経済を救う規模の財政出動を断行したことは興味深い。こういうケインズ的政策は自由経済の中では左寄りの政策に位置付けられる。そういう意味で言えば中国の政治体制に相応しい手法だとも言えるし、結果的にそれが本質的には共産主義と対立する自由経済を救ったと考えると、何とも形容しがたい気持ちになる。2つの顔を持つ中国ならではの話だと思う。

 以来中国は経済大国としての地歩を固め、米国と覇権を競い始めた。

 一方、日本はと言えば、11年に東日本大震災に見舞われるなど厳しい状況が続き、経済大国としての相対的な地位を落としていった。

 世界第2位の経済大国の地位から滑り落ちて以降、日本経済は自信を失ったままだ。19年の今、そうした状況をもう一度整理し直してもいいのではないかと思う。

世界の自動車マーケット

 それまで日本の1つの象徴であった家電メーカーが落日を迎え、日本人はすっかり悲観的になってしまった。日本の自動車産業は、かつての家電メーカー同様に衰退するという見方は根強い。そこには「期待をして裏切られるくらいなら最初から信じない」という心理が影を落としている気がしてならない。

 筆者がこの連載でずっと主張してきたのは、日本の自動車産業はまだまだ戦えるし、そこそこ以上の確率で、もう一度世界一の座に返り咲くのも夢ではないということだ。

 まずは数字をベースに置こう。下の表組みを見てほしい。これは日本自動車工業会が公開している主要国の年間自動車販売台数を参照して筆者が作成したものだ。販売台数が多い順にソートしてある。

 右端のパーセンテージに注目してほしい。現在世界第1位の中国に対して各国の販売台数を出してみた。

 国名の横にアスタリスクが付いているのはEU加盟国で、末尾にそれらの国の合計も入れてある。ただし、これはこの表に出てくる主要国の合計であり、加盟全28カ国の合計ではない点に留意してほしい。

 中国とインドのマーケットが伸びてくるまで、世界の自動車マーケットは3極でできていた。米国、EU、日本である。これに中国とインドが加わって現在の勢力図ができていると考えて大きな間違いはないだろう。

 ちなみに数年前まで中国は2500万台、インドは300万台マーケットだった。いかにものすごい伸び率かは想像できるだろう。

 自動車はかなり地勢もしくは国と結び付いたプロダクトであり、旧3極で売れるクルマはそれぞれ別種のクルマだった。端的に言えば、米国は今でも一番売れるクルマがピックアップトラックという国情で、巨大なドメスティックマーケットである。米国で売れるクルマは他の国で売れないし、他の国で売れるクルマは米国でヒットしにくい。

 ホンダのアコートを思い出すと分かりやすい。アコードは米国でヒットし、日本のニーズと欧州のニーズに色目を使いながら、モデルチェンジのたびにターゲットマーケットが変わっていた。ある時は米国、ある時は欧州、ある時は日本という具合にモデルチェンジごとにサイズが激変した。ここしばらくはもう完全に米国向けに割り切って、ようやく落ち着いた。

 日本ではもうこの10年以上、ミニバンと軽自動車が主流になっている。これもドメスティックなクルマだと言えるだろう。

 欧州はベルリンの壁崩壊以降マーケットが変わった。旧西側諸国と旧東側諸国では売れるクルマが違う。ややこしいのは、旧東側諸国がEUに加盟してからは、域内の移動が自由になり、住んでいるエリアが入り組み始めたからだ。現状を見れば、旧西側諸国に旧東側の人々が移住し、エリアで分かれていたものが階層社会になりつつある。

 フォルクスワーゲンなどはその社会構造をうまく捉えていて、上からアウディ、フォルクスワーゲン、セアト、シュコダという乗用車ブランドを階層別を主軸に多少のテイスト差で作り分け、基本コンポーネンツを上手く使い回しながら、利益を上げている。

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