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独立リーグ栃木GBでの現役続行を決めた元阪神・西岡剛の覚悟と生き様とは

3/19(火) 7:46配信

THE PAGE

 西岡は2010年に首位打者と最多安打記録のタイトルを獲得してロッテの“下剋上V”に貢献した。翌年からメジャーに挑戦、ツインズと契約したが、怪我があって2年で戦力外となり2013年から阪神でNPB復帰。その際もオリックスなどと争奪戦になったが、「一番難しい選択をした」という。阪神時代も2014年の開幕カードの巨人戦で福留孝介と打球を巡って激突、救急車で運ばれる大けがで3か月リタイヤ、2016年7月には左足アキレス腱を断裂するなどの故障に見舞われ続けた。昨季開幕は1軍メンバー入りしたが、その後、2軍落ちとなり9月下旬からは再び1軍登録されたが、25試合出場、43打席、ヒット5本の1軍成績に終わっていた。

 NPB復帰へ自信があるのか?
 そう聞かれると正直に答えた。

「こればかりは自信があろうが、どれだけやる気があろうが、選んでくれる球団が決めること。僕からどうこう言う立場にはない。戻りたい気落ちを強くもって歩んでいく。万が一無理でも……たとえば高校入試にしてもそう。手を抜いて不合格なら、その後、もっとしんどいめが待っている。同じ不合格でも、必死に頑張って、と手を抜いてでは、まったく違う人生になる。この先どうなるかわからないが、この期間は人生において大事な時間になる」

 昨年は外国人の補強に失敗したチームからの需要があると予想されていた“一発屋”の村田でさえオファーはなかった。まして34歳になる西岡のアピールポイントがスイッチを生かしたバッティングの勝負強さやチャンスメイク、セカンドを含めた内野外野の守備だけとなれば、故障者続出など、よほどのアクシデントが発生したチームでもない限り難しいだろう。

 頭のいい西岡のことである。そんなことはおそらく百も承知である。たとえ、不合格通知が届くにしろ、一縷の望みがあるかぎり、今を全力で生きることーー。それが西岡の生き様なのだ。
 今後、彼が指導者の道へ進むのならば、この時間は無駄にならない。実際、村田も選手としてのオファーはなかったが、2軍の打撃兼内野守備コーチとして巨人に招かれている。

 今日19日からチームの練習に合流するが、5日間、別メニューで調整した後にオープン戦に出場、「万全の状態で」、4月6日、敵地のひたちなかで行われる茨城アストロプラネッツとの開幕戦に備える。村田は、単身赴任だったが、西岡は、「大阪からは通えない(笑)。幸せな家庭があるので食事面など妻にしっかりとサポートしてもらう」と、家族での栃木移住を決めてすでに引っ越しも済ませたという。
 BCリーグはサラリーキャップ制が導入されているため、給料も月に40万円ほど。栃木GBは、まだ練習環境が整っている方とはいえ、プロ野球とは雲泥の差。それでも西岡は「アメリカのマイナーは、もっと厳しいですから」と意に介さない。
 
 西岡を預かる寺内監督は巨人時代に対戦経験が何度もある。
「対戦相手としては嫌な選手だった。西岡がスタメンにいるのとはいないのでは大きく違って、何かされるんじゃないかと。経験豊富な西岡が入ってくれることで、若い選手にもNPBに行くには何が必要か、を目の前で見て刺激になると思う。優勝を目指すチームにとっても心強い」
 またコーチとして、ロッテ時代に共に戦い、「ストイック」と西岡が評する同じ歳の岡田幸文がいて、この日は、花束を贈呈された。

 記者会見が終わると、会見場の去り際に西岡は「本当に今日は、ありがとうございました」と、大きな声で、もう一度、頭を下げた。「誰も来てくれなかったらどうしようかな」と。
 そう言って謙虚に笑った。

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最終更新:3/19(火) 9:34
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