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「政策秘書」って何する人?  職懸けて議員に意見も   信頼関係、築くまでの16年間 秘書のお仕事

3/20(水) 10:37配信

47NEWS

「絶対的な信頼関係」

 笘米地真理(とまべち・まさと)さん(47)は立憲民主党の近藤昭一議員との関係をそう表現した。

 近藤氏は1996年、旧民主党から出馬し、愛知3区で初当選。17年衆院選で8選を果たした。笘米地さんは、03年から近藤事務所に勤める政策秘書だ。「絶対的」と言い切る関係ができるまでの16年間、どんなことがあったのか(その前にそもそも政策秘書って何なのか)、笘米地さん本人に聞いてきた。

 ▽政治家志望から秘書へ

 記者の私自身がこういうのがとても苦手なので、先に小難しい話を済ませます。

 国会議員の秘書には大きく分けて、国費で採用できる「公設秘書」、議員本人が雇う「私設秘書」の2種類がある。公設秘書は3人まで。そのうち、議員の政策立案などを補佐する専門知識を持った秘書のことを「政策担当秘書」(一般に「政策秘書」)という。国家試験を突破するか、実務経験などの条件を満たして認定を受けなければならない。冒頭でも書いたとおり、笘米地さんは近藤事務所の政策秘書。なんか、なんとなくすごそうだけど、どんな人なのか。

 笘米地さんは90年に高校を卒業後、中国の大学に通っていた。92年に帰国してからは、生活のために働き始めた。アパレルの営業職やピザ屋などさまざまな業種を渡り歩いた末、96年に政治の世界に飛び込んだ。

 教育ジャーナリストで世田谷区長の保坂展人氏が衆院選に当選したことがきっかけだった。笘米地さんは保坂氏の著作に興味を持ち、若者が自由に出入りできる場として保坂氏が運営していたフリースペースに通っていた。高校生のときには生徒会活動をテーマに本も執筆。選挙を手伝い、保坂氏の当選後にそのまま事務所の秘書として採用され「いつか自分も政治家に」とも考えていた。

 当時、沖縄の駐留軍用地特措法を巡って政界は揺れていた。土日の休みはおろかほぼプライベートの時間が取れない日々だったが、自分たちが設定した記者会見で世の中が盛り上がる様子を目の当たりにし、その手応えにやみつきになった。徐々に政治家志望の気持ちが薄れ、秘書の仕事に没頭した。

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最終更新:3/20(水) 10:37
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