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小さくも大きな革新をフェラーリにもたらした1台「ディーノ」

3/20(水) 7:35配信

octane.jp

ディーノはフェラーリ社としては「初めてづくし」の車であった。V6エンジンは初めて。ロードゴーイングカーとしてのミッドシップも初めて。まして大量生産への取り組みなど、やったことがなかった。それまでのモデルとは全く性質の異なる車だが、流れる血は、まさしくフェラーリから継承されたものである。

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1947年の創業以来、正真正銘のフェラーリといえば、V12エンジンを搭載したモデルのことを意味した。しかしながら、その流れはミッドに小型のV6エンジンを搭載したディーノ206GTの登場で大きく変わっていく。ディーノに対する市場の好評価により、フェラーリのコンセプトは「パワー」から「パフォーマンス」と「スタイル」の両立という方向性へとシフトすることになった。

ディーノを発表した1968年、フェラーリ社はフロントエンジンへのこだわりを捨てた。その新しい車に“馬”のエンブレムはなく、フェラーリという車名を冠されることはなかった。さらに、ディーノのエンジンは親会社であるフィアットの車にも使われた。エンツォの狙いとは、一体何だったのだろう。

ディーノとは、実はエンジンの名称である。後に名機と称されるそのレーシングエンジンは、1950年代にエンツォの息子であるアルフレード・ディーノと、伝説的なエンジニアとして知られるヴィットリオ・ヤーノによって開発されたもの。アルフレッドはその完成を見る前に筋ジストロフィーという病で亡くなってしまったが、彼のエスプリは確実に引き継がれたのである。

エンツォは息子の死を嘆き悲しんだが、やがてそのエンジンを使ってレースに勝つことを考えた。当時ホモロゲーション獲得の条件は、最小生産ロット500台であった。フェラーリのような小さいメーカーにとっては、その台数規定をクリアすることは非常に難しい条件である。従って1967年の1.6ℓフォーミュラ2シリーズでは、生産台数を稼ぐため、フェラーリ社はフィアットに自動車の製造を依頼した。ディーノのエンジンがフィアットの車に使われたのはこのためだ。

一方で、カーデザイナーのセルジオ・ピニンファリーナは、1965年のパリ・サロンに出展するためのコンセプト・フェラーリの開発を任命され、デザインを手がけることとなった。そのプロトタイプ、206SPに対する観衆の反応は、パリ・サロンにおいても翌年のトリノショーにおいても素晴らしく、1967年、ついにディーノの名を冠したロードカー、ディーノ206GTが市販化されることとなった。

ディーノ206GTはフェラーリの顧客に支持されて瞬く間にヒットした。デザイン的にもエンジニアリング的にも優れていただけではない。同時代のV12フェラーリ、365GTB/4デイトナの9000ポンドという価格に対して、ディーノ206GTはたったの5500ポンドという設定だったのだ。ディーノの成功は、フェラーリが小規模のレーシングカー・ファクトリーから、高級でエキゾチックなスポーツカーのメーカーへと発展するきっかけとなった。アルミ製ボディをまとった206GT は1968~69年の間に157台が製造された。

1969年にフィアットがフェラーリの経営を握ったことは、エンツォにとって好都合なことだった。彼が専念したいと願っていたレース事業はフェラーリ社が担当、また量販車製造はフィアットが受け持つことになり、結果としてディーノはフィアットの工場で生産されることとなる。

1970年に投入されたディーノ246GTは、大量生産ラインに対応するためにボディがスチール製に変更された。排気量は2.0ℓから2.4ℓへと拡大され、最高出力も160bhpから195bhpに、また最大トルクは138lbから166lbへとパワーアップした。このため、重量が当時のポルシェ911より少し重い1077kgへと増えたにもかかわらず、走りのパフォーマンスは大幅に向上した。246GTの0~60mph加速は7秒、そしてトップスピードは143mphを誇った。

写真のジャッロ・フライ・フェラーリ・ディーノはケープタウン出身のディッコン・ダギットが所有する車だ。彼はケープタウンにおけるヒストリックレーシング界では有名な存在で、モナコとグッドウッドではクーパー・ブリストルでレースに出場している。このディーノは、彼が1981年から所有しているものだ。

「もし車を手放すなら、これが一番最後になるでしょう。」ダギットはそう言う。「スタイリングが美しいだけでなく、クラシックなのにスピードが出てハンドリングも素晴らしい。スポーツカーに求める要素がすべて入っています。ディーノGTは米国で売られた際に初めてフェラーリのバッジが貼られたのですが、それでもロード向けのフェラーリでは重要な1台だと思います。」

そう、ダギットの様に情報収集をしっかりと行っているコレクターは、ディーノを正当かつ重要なフェラーリとして位置づけているのである。しかし、新車当時でV12フェラーリの半分ほどの価格だったディーノは、その多くが丁寧な扱いを受けず、複数のオーナーの手を渡っている。錆、低い信頼性、そしてそれらによるメンテナンスコストなどにより価値が下がり、「安物のフェラーリ」のレッテルを貼られていたのだ。それゆえ更に扱いは粗いものとなっていた。

だが1970年代のクラシックカーブームから275GTB、365GTC、そしてデイトナの価値はどんどん高騰し、1990年頃にデイトナは、なんと状態の良いディーノの4倍の価格がつけられていた。しかし現在はデイトナとディーノの価値は共に約13万ポンドで、ほぼ同じくらいに落ち着いた。ディーノは大型のフェラーリV12等と並び、コレクターからも尊重されるに相応しい位置づけとなっている。コックピットの後ろに積まれたエンジンレイアウトも、その後の多くのフェラーリがそうであるように、今ではスポーツカーとして最適のレイアウトとされているのだ。

モーターテクニーク社のケビン・オルークは何十年もディーノをレストアしてきて専門家として知られる。
「ディーノは発売から40年以上も経過しており、多くがレストアされています」とケビンは語る。「錆はあってもディーノの場合、フットボックス、フロア、内部アーチ、そしてリアバルクヘッドはグラスファイバー製なので、外観の作業だけで済みます。ディーノは丈夫な楕円形のシャーシで頑丈に作られているのでとてもタフです。エンジンはタペット調整が狂っているとカムシャフトが摩耗し、オイル交換も頻繁に必要になってきますが、それは通常のメンテナンスの範囲。電気系統についても交換が必要だったことはありません。注意が必要なのは、アンメータのゲージがショートして発火する危険があること。ゲージ裏のワイヤーが直接バッテリーにつながっているため、ゲージを移動したり、絶縁体が破損していたりするとショートし引火する危険性があります」


1972 DINO 246GT
エンジン:2418cc V6, DOHC/バンク、 12バルブ、3ツインチョーク・ダウンドラフト・ウェバー・キャブレター
最高出力:195bhp / 7600rpm 
最大トルク:166lbft / 500 rpm 
トランスミッション:5速マニュアル、後輪駆動
ステアリング:ラック・アンド・ピニオン
サスペンション:(前後)不均等ウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピックダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ディスク・オールラウンド 
重量:1077kg 
最高速:時速143マイル 
0-60mph:7.0秒

Octane Japan 編集部

最終更新:3/20(水) 7:35
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