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「『正解』が分からなかった」…W杯出場を切望された“オシムジャパン”の裏話

3/20(水) 7:00配信

SOCCER KING

 監督は自らが理想とするコンセプトとともにチームを作り上げる。ロシア・ワールドカップ終了後、日本代表の指揮官となった森保一監督は、「ロシア組と新世代の融合」「全員攻撃・全員守備」といったコンセプトを掲げてチーム作りを行ってきた。先日のAFCアジアカップUAE2019は惜しくも準優勝に終わったが、2022年のカタールW杯を見据えたチーム作りの真っ只中だ。3月、日本代表はキリンチャレンジカップ2019でコロンビア代表(22日)、ボリビア代表(26日)との2連戦に挑む。6月に開催されるコパ・アメリカや、今秋に開幕する2022年カタール・ワールドカップ アジア予選を見据えたチーム作りが始まろうとしている。

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 過去の代表監督たちもそれぞれが独自のコンセプトを掲げ、個性豊かなチームを作ってきた。中でもイビチャ・オシム氏は「特異な存在」だった。独特の表現を交えた語り口で選手を導き、日本代表の“日本化”を目指していた。当時の日本代表はどのようなチームで、選手は何を思い試合に臨んでいたのか。かつて浦和レッズに所属し、日本代表としてアジアカップにも出場した鈴木啓太氏が“オシムジャパン”について語ってくれた。

「“ゴールデンエイジ”がいないことが不思議だった」

“人もボールも動くサッカー”、2006年から日本代表監督を務めたイビチャ・オシム氏は、自らのコンセプトをそう表現した。体格やフィジカルで劣る日本人が世界で勝つためには、足下の技術に加えスタミナや判断力を駆使して常に優位な状況を作り出さなければならないという。オシム氏は2003年からジェフユナイテッド千葉を率いると、コンセプトをチームに浸透させ、飛躍的な成長に導いた。2005年にはヤマザキナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)を制して、チームに初タイトルをもたらした。そして、ジェフ千葉を強化したのと同じ方法で、日本代表を世界と渡り合えるチームにしようと考えていた。

 新生日本代表の初陣は2006年8月の国際親善試合、トリニダード・トバゴ代表との一戦だった。ドイツW杯後最初の代表戦、注目された新メンバーには“オシム色”豊かな面々が名を連ねた。ドイツW杯を経験した選手は川口能活や三都主アレサンドロら4名のみ。代表歴が浅い選手や初招集組が大半を占めていた。鈴木啓太氏は追加招集という形で日本代表に初選出された。

《2006年 トリニダード・トバゴ戦の招集メンバー》

※()内は当時の所属クラブ。

▼GK
川口能活(ジュビロ磐田)
山岸範宏(浦和レッズ)
▼DF
三都主アレサンドロ(浦和レッズ)
坪井慶介(浦和レッズ)
田中マルクス闘莉王(浦和レッズ)
駒野友一(サンフレッチェ広島)
▼MF
田中隼磨(横浜F・マリノス)
今野泰幸(FC東京)
小林大悟(大宮アルディージャ)
長谷部誠(浦和レッズ)
▼FW
我那覇和樹(川崎フロンターレ)
佐藤寿人(サンフレッチェ広島)
田中達也(浦和レッズ)

《追加招集》
▼DF
栗原勇蔵(横浜F・マリノス)
青山直晃(清水エスパルス)
▼MF
中村直志(名古屋グランパス)
鈴木啓太(浦和レッズ)
山瀬功治(横浜F・マリノス)
▼FW 
坂田大輔(横浜F・マリノス)

※「A3 チャンピオンズカップ2006」に参加していたガンバ大阪とジェフ千葉の所属選手は招集外となった。

 鈴木氏は当時、自身が日本代表に呼ばれることなど全く予期していなかったようで、「オフだったので、知り合いに会う予定を入れていた。そしたら、(浦和レッズの)強化部長からいきなり連絡が来て、『明日から千葉に行ってくれ』って言われました(笑)」と、予定をキャンセルして、翌日から代表合宿が行われる千葉県に向かった。

 また、当時の顔ぶれを見て、「“ゴールデンエイジ”がいなかったことがすごく不思議でした。僕たちの年代からすると、ずっと追いかけてきた“高い壁”みたいな人たちだった。『そんな人たちがいない代表って?』って感じでした」と話した。海外組は0人。それまで国際大会で主力を担ってきた国内組も少なく、オシム氏は自らが理想とするチーム作りと同時に世代交代にも着手していた。

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最終更新:3/20(水) 7:00
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