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野良犬だったハチ公 人への信頼持ち続ける 銅像制作者・安藤士さんを悼む(下)

3/21(木) 12:37配信

47NEWS

 ハチ公の死をめぐる話に戻りたい。

 「ハチ公文献集」によれば、ハチ公は1935年3月8日、ふだんは行かなかった渋谷・稲荷橋付近の路地で死んでいた。

 当時の解剖記録によると、心臓が寄生虫フィラリアに侵されていた。胃の中からは焼き鳥に使われていたとみられる串が3、4本見つかっている。解剖した学者は、死因を特定していない。

 ハチ公の臓器はホルマリン液に漬けて、東大に保管された。76年たった2011年、東大の中山裕之(ひろゆき)教授らがMRIや顕微鏡で分析すると、心臓と肺の広範囲に、がんが見つかった。中山教授は「がんとフィラリアのどちらが直接の死因になったかは分からないが、両方とも死因になり得る」と話した。

 鳥串に見るロマン

 動物の解剖を専門とする遠藤秀紀(ひでき)東大総合研究博物館教授は、死因とは別にハチ公の胃に残された串に注目する。

 遠藤教授の著書「パンダの死体はよみがえる」から引用する。

 「ヒトと動物の間柄のとても不幸な一面を背負ったこのイヌの遺体に、私はといえば、胃内から見つかったという鳥串の方に、本当の意味でのロマンを見出している。本当のハチは、イヌを忠誠心のシンボルに仕立て上げる人間ほど、愚か者ではなかっただろう。私には、渋谷駅で逞しく生き、飲食店街で人々に大切にされ、そこに自分の生きる場を見つけた普通の賢い野良犬だったと信じられるのだ。自分のテリトリーに赤提灯があるならば、ときにはそこから焼き鳥をもらい、飢えを満たすのがイヌというものだ」

 遠藤教授が「ヒトと動物の間柄のとても不幸な一面」というのは、人間がハチ公を「国家主義を支える忠義のシンボルに祀り上げた」ことを指す。

 まじりけのない愛

 ハチ公を“発見”し、2代にわたるハチ公像建立に深く関わった斎藤弘吉(1899~1964)の見方にも触れておきたい。斎藤は生涯を通じて、日本犬保存や動物愛護に尽力した人だ。

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最終更新:3/21(木) 14:06
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