ここから本文です

一人でも、きっと世界は変えられる。僕がフリーランスで国際協力に挑む理由

3/21(木) 16:11配信

DANRO

今から5年前の春、大学1年生だった僕はフィリピンの首都マニラに滞在していた。

「就活で使える話題作りができればいい」。そんな薄っぺらな動機から参加したスタディツアー。そこで出会ったある一人の少女が、僕の人生を大きく変えた。(原貫太)

【写真特集】ひとりで暮らす人たちの部屋

ツアーがはじまり、最初の5日間はただ活動を楽しんでいただけだった。ストリートチルドレンに炊き出しを行い、スラム街の子どもたちにお菓子を配って写真を撮り、孤児院で折り紙を教える。日本のNGOが学生向けに実施する「お試しプログラム」としてはありきたりな、大学生のボランティアだった。

マニラ滞在最終日の昼。午前中に最後の活動を終え、僕は日本への帰路に就くため空港に向かっていた。

「楽しかった」「日本に帰ってもやれることを続けよう」。初めての海外ボランティアを終えた僕は、心地よい疲労感を感じながら、6日間の思い出を振り返っていた。

そんな時だった。渋滞に巻き込まれ、ふと窓から外を見ると、ボロボロのワンピースを着た7
歳ぐらいの小さな女の子が、渋滞で止まっている車の窓ガラスを叩きながら物乞いをしていたのだ。

彼女は裸の赤ん坊を抱えていた。顔は笑っていなかった。それまでに出会ったどの子どもよりも悲しく、みすぼらしい格好に見えた。

言葉が出てこなかった。「なぜこんな危ない場所で彼女は物乞いをしているの?」。そんな疑問が芽生えるとともに、「僕がやってきた活動はいったい何の意味があったのか」「他にも目を向けるべき問題があったのではないか」と、強い後悔に襲われた。

その時、自然と心の中に芽生えた言葉が“世界の不条理”。クーラーの効いた教室で、興味が持てない授業をダラダラ聞いている僕のような学生がいる一方、飛行機でほんの数時間移動した先には、危険を冒してまで物乞いをしなくてはならない小さな子どもがいる。

どうしてこんなにも世界は不条理なのか、アンバランスなのか。僕は空港に着くとトイレに駆け込み、涙をこぼしていた。

それからの学生時代、僕は駆け抜けるように「国際協力」を続けた。

学生団体を立ち上げ、貧困問題がより深刻とされるバングラデシュで、ストリートチルドレンの生活支援に取り組んだ。アメリカに渡って1年間国際政治学を勉強し、マクロな視点から世界が抱える課題を研究した。ウガンダに5カ月滞在し、元子ども兵の社会復帰支援に携わった。

大学4年生の時には就職の道を捨て、アフリカ支援のNGOを起業した。クラウドファンディングでお金を集めて南スーダンの難民に衣(医)食住を支援し、日本各地でアフリカの実情や国際紛争の解決を訴えて講演するなど、学生ながらバリバリ活動していた方だと自負している。

1/2ページ

最終更新:3/21(木) 16:11
DANRO

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事