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おひとりさまの「がん患者」が抱える二つの不安 遺品の手帳に記されていた言葉、周囲ができることとは

3/26(火) 7:00配信

withnews

 死後、見つかった手帳には、死への不安や心の整え方がつづられていた――。2017年8月に54歳で亡くなった一人の女性を支えていた妹や仕事仲間が、当時の様子を語ってくれました。医療費や生活費といった家計の不安から一時期トリプルワークも。単身者のがん患者を取り巻く厳しい療養環境も浮かび上がってきました。「おひとりさま」と言われる単身者の知人に、がんが見つかり、予後が厳しいとなったら、みなさんはどうしますか?(朝日新聞記者・岩崎賢一)

【画像】「どう生きるかということは、どう死ぬかということ」…… 遺品の手帳に残された数々の言葉

弱音を吐かない姉が語らなかった不安

 「死、というものがたしかに在ること。それをしっかり感じながら生きる、ということはなんと豊かな時間であることだろう」――2011年10月16日、浦野さんの手帳から

 これは、浦野芳子さんが生前記していた手帳の1ページです。乳がんと肝臓などへの転移が見つかった年に書かれたものです。手帳を見せてくれたのは、東京都内に住む妹(51)です。姉の人となりや闘病について振り返ってくれました。

 浦野さんは、新潟県出身。高校を卒業後、東京都内の専門学校を出て、広告代理店、編集プロファクションの勤務を経て、フリーライターをしていました。著名なファッション誌などで海外旅行、グルメ、バレエといった分野を中心に取材・執筆していたそうです。

 「姉は病気になったときから覚悟を決めていたのか、悩みを打ち明けませんでした。誰かに弱い部分を見せてくれたらよかったけど、ケロッとしていて、今思えば、冷静に耐えていたのかなと思います」

 仕事仲間の浦野さん評も、転移したがんを抱えつつ、「なんて楽天的なんだろう」という印象を持っていました。ただ、取材をしていくと二つの不安を抱えていたことが分かってきました。

「仕事をしていかないと、死ぬっていうこと」

 妹は、浦野さんがこう言っていたことを覚えています。

 「仕事をしていかないと、死ぬっていうこと。お金がない人は死ぬっていうことだよね」

 浦野さんは、医療の進歩に期待し、治療することをあきらめていませんでした。故郷の新潟を拠点とする舞踊団を世に出そうと応援していたり、がんが悪化した後でも放送大学に入学してメンタルヘルス系の勉強をしようとしていたりしていました。

 一方、単身者は、医療費だけでなく、自分の生活費も工面していかなければなりません。

 本人の貯蓄には限りがあります。民間保険は、初めて見つかったがんの治療には手厚い保障があっても、転移したがんの治療には保障が薄い場合があります。

 別家計を営む家族からの支援を誰もが受けられるわけではありません。特に女性のがんの好発期は、老いた両親の老後と重なります。物心共に頼るには限界があり、入院治療の保証書や治療の同意書にサインしてくれる人にも苦労する人がいます。

 ふだん明るい浦野さんが抱えていた不安、それは「経済的不安」と「死への不安」でした。

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最終更新:3/26(火) 7:00
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