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イチローの偉業を振り返る。振り子打法、メジャー年間最多安打、そしてWBCのあの一打。

3/22(金) 0:05配信

ハフポスト日本版

現役引退を発表したイチロー。これまでにグラウンドに残してきた偉業と伝説の数々を振り返りたい。

ドラフト4位でプロ入り 振り子打法が話題に

イチローは愛知県出身。地元の名門・愛工大名電高で投手として甲子園出場を果たすと、1991年のドラフト会議でオリックス・ブルーウェーブ(当時)から4位指名を受け入団する。背番号は「51」。

イチローはルーキーイヤーから2軍で打率.366という驚異的な高打率を記録する。快調なデビューを支えたのがプロ入りから河村健一郎コーチと二人三脚で体得した「振り子打法」だ。

右足を振り子のようにゆらりと動かしながらタイミングをとる独特の打ち方で、プロ2年目にはのちに「トルネード投法」でメジャーを席巻する野茂英雄投手からプロ初ホームランを放つ。しかし、1軍に上がるたびに首脳陣からフォームを矯正するよう言われてしまい、この時はすば抜けた活躍はできなかった。

転機が訪れたのは3年目の1994年。この年、監督に就任した仰木彬氏にその才能を見初められ、抜擢される。

仰木監督は「振り子打法」を容認しただけでなく、本名の「鈴木」だった登録名を「イチロー」に変えるよう本人に提案。半ば無理やりに変更させた。

ここからイチローの快進撃が始まる。日本のプロ史上初となるシーズン200安打を達成(210安打)し、打率も.385を記録。MVPや首位打者など複数のタイトルに輝く。

翌年の1995年には阪神・淡路大震災が発生する。イチローの所属するオリックスは「がんばろうKOBE」を合言葉にリーグ優勝を成し遂げる。イチローも打率.342、ホームラン25本と打線を牽引した。

メジャー挑戦、1年目から...

2001年にはメジャーリーグ挑戦。シアトル・マリナーズに移籍した。

移籍1年目から242本ものヒットを放ち、58盗塁を決めるなどメジャーを代表するリードオフマンの座を手中にした。この年、MVPと新人王をダブル受賞するという史上2人目の快挙を達成した。

さらに定位置のライトからの返球で度々チームのピンチを救い、その強肩ぶりから「レーザービーム」と称された。

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