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【ニッポンマラソンへの遺言】リディアードコーチの招聘でロード一辺倒だった指導に変化

3/23(土) 11:55配信 有料

日刊ゲンダイDIGITAL

ニュージーランドのスネルはローマと東京で3つの金メダルを取った(C)共同通信社

 1960年ローマ五輪までは、日本のマラソン練習はロード中心。合宿ではウオームアップもなく「今日は20キロ、明日は30キロ、最終日は40キロ」と、ひたすら一般道を走らされていた。硬いアスファルトの上を長時間走れば、同じ筋肉ばかりに負担がかかり故障も怖い。

 私がコーチ会議で... 本文:1,707文字 写真:1枚

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最終更新:3/23(土) 11:55
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