ここから本文です

「仕事は辛くて当たり前、給料はガマン料」という文化をどうみるか

3/23(土) 8:10配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

「大丈夫ですか

この一言を、半年かかってやっと言えた。

私がまだOLとして2社目の会社で勤務していた頃だ。朝8時過ぎ、いつもの殺伐とした通勤電車に乗って、会社に向かっていた。

【全写真を見る】「仕事は辛くて当たり前、給料はガマン料」という文化をどうみるか

電車のドアが開くと、椅子取りゲームが始まる。あいにく座れなかった人は、わずかに確保できた自分のスペースで窮屈そうにスマホを見る。外の雲ひとつない天気とは対照的に、車内の空気は曇り空のようにどんよりし、独特の雰囲気に包まれていた。私はいつもの場所につかまり、電車に揺られていた。

電車が停車駅に着き、ドアが開いた。たくさんの人が出て、また、たくさんの人が入って来る。いつもの朝、いつもの光景。人の出入りが落ち着きドアの近くに寄りかかった。「はぁ……」と心の中でため息が出たその時、カバンをぎゅっと抱え、駅のベンチにうなだれるようにして座っている男性を発見した。30歳くらいのスーツ姿の男性だ。そしてまた、電車は動いた。

ホームのベンチで毎朝、うなだれている男性

数日後、ふとホームのベンチに目をやると、またあの男性が座っていた。

いつしか、今日もあの男性はいるのだろうかと、意図的に探すようになった。朝、その人がいない時は、いい意味と悪い意味、両方を想像し、心配になった。そして、翌日にその人を見つけるとホッとした 。そんな毎日を、半年間も続けていた。いよいよ見て見ぬふりができなくなり、声をかけることに決めた。

当日の朝。通勤中にこんなに緊張したのは初めてだった。駅に着いた。私は、その人の隣に座り、喧騒が静まるのを待った。電車が走り去り、朝の駅に束の間の静寂な時が来た。「今しかない」と思い、声を掛けた。「大丈夫ですか」と。その人は、顔を少しこちら側に向け、小さな声で「大丈夫です」と答え、また顔を伏せようとした。最初から、会話してもらえないことは予想していた。

かつて私がうつだった時の気持ちで考えてみると、見知らぬ人とペラペラ喋りたくないよな、と思ったからだ。そこで、前日に書いておいた手紙を差し出した。すると、受け取ってもらえたので、私はその場を去った。

その後、その人はそこに来なくなった。単なる出張かもしれないが、私のせいで来づらくなってしまったのかもしれない、という申し訳なさがあった。しかし、数日後に姿を現した。が、この1回きりで、また姿を現さなくなった。やがて私の通勤経路が変わって確認することができなくなり、この件は終わった。

1/2ページ

最終更新:3/23(土) 11:58
BUSINESS INSIDER JAPAN

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事