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ゴルゴ松本の命の授業「日本は“あい”で始まり“お(を)ん”で終わる国」

3/23(土) 15:10配信

TOKYO FM+

プロゴルファーの丸山茂樹がパーソナリティをつとめるTOKYO FMの番組「五洋ホールディングス presents SUNDAY BACK NINE」。3月17日(日)の放送は、前回に引き続き、お笑いコンビ・TIMのゴルゴ松本さんが登場しました。

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◆十八番のギャグ“命”誕生のきっかけ

丸山:ゴルゴさんと言えば、お笑いの活動とともに“命”の大切さを真剣に届ける活動もされています。

ゴルゴ:僕が“命”というギャグをやっていなかったら、そういった流れになっていなかったんじゃないかと。いろいろな過去がつながって今に至っています。

丸山:“命”や“炎”、“祝”とかのギャグをやり始めたのは?

ゴルゴ:1997年ですね。元日だけ田舎に帰って、1月2日に東京で営業があったんです。そこで新年一発目のギャグをお客さんに見てもらおうと考えていたんです。帰るとき、田舎の駅のホームで秩父の山を見ていたら、“命”という字が出てきた感覚があって。

丸山:はい。

ゴルゴ:それで、両手を広げて片足を上げてみたら“命”の字と「似ているじゃん!」って。

丸山:もしお笑い芸人になっていなかったら、何になっていたと思います?

ゴルゴ:身長がもう少しあればプロ野球選手になりたかった。でも中学で身長が止まっちゃって。小さいときからクラスの友達を笑わすのが好きで、高校のときにはお笑い芸人が夢になったんです。とんねるずが売れていく姿を高校のときに見て。

◆相方・レッド吉田さんとの出会い

丸山:レッド吉田さんとの出会いは?

ゴルゴ:東京に出てきた1990年です。同じアパートの隣に引っ越してきて。当時、風呂なしの安い家賃のところに住んでいるのは、役者やミュージシャンとか芸能界を目指している奴ばっかりだったわけですよ。

丸山:なるほど。

ゴルゴ:レッドが「隣に引っ越してきました」って挨拶に来てくれて。京都出身だから「おたべ」を持って「お食べ」なんて言いながら持ってきた。それで、銭湯で会うようになって、話をしたら2つ年上で野球をやっていたと。お互い甲子園に行ったけど、似た者同士で補欠っていうね(笑)。

丸山:ははは!

ゴルゴ:僕が27歳、レッドが29歳のときにお笑いに挑戦したんです。

丸山:そこが原点だったんですね。今は“命の授業”とかもされていますけど、充実感はどうですか?

ゴルゴ:僕が伝えたいのは、目の前や自分の身の回りに飛び込んでくる音や言葉の範囲のなかに、全て大切なものがあると気付くだけだよということ。日本の歴史を調べていたとき、日本語や漢字に行き着いたんです。自分の名前の漢字のなかにヒントがあるよ、調べてみたら答えが見つかるからと。

丸山:少年院なども訪問しているそうですね。

ゴルゴ:少年院にいるのは、犯罪を犯した10代の子たちじゃないですか。その子たちをちゃんと見守れる大人がいなくて入れられた子もいるので、我々の感覚とはちょっと違うような家庭環境で育ってきた子も多いんです。だから、ろくな大人と接していなかったり、会話をしていない。

丸山:はい。

ゴルゴ:僕が訪問したときには「親戚のおじさんだと思えよ」と。それで、質問責めにしていくんです。すると向こうが答えて、会話を作るやり方をしています。「自分の好きな言葉は何だ?」とノートに書き出して、みんなで発表して「いい言葉だな。その言葉が、ずっと自分を助けてくれるからな」って。

丸山:僕は小さい頃からゴルフ一筋でやってきて、好きな言葉を聞かれるといつも「夢」と答えていました。

ゴルゴ:無我夢中というのは、自分の我を忘れて夢の中に飛び込むということなんですよ。「あなたの夢は何ですか?」と聞くと「将来、こうなりたいです!」と。未来とつながっている瞬間が夢中になっているということ。物事に集中して夢中になっているときが未来の自分とつながるから成長する。だから夢は見たほうがいい。目標、目印のことです。

丸山:なるほど。

ゴルゴ:丸ちゃん(丸山)が夢を追って、「ゴルフを上手くなって海外で通用する選手になりたい」って、未来を想像しながら自分の夢に向かって夢中になってやっていたから、ちゃんと海外で勝利して帰ってきたと。

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最終更新:3/23(土) 15:10
TOKYO FM+

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