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壮絶舞台裏…イチローが引退を決断した日

3/24(日) 5:30配信

THE PAGE

 試合が終わって、チームメイトを迎えるためフィールドに姿を見せたイチローだったが、チームメイトらとタッチを交わした後、何もなかったかのようにダグアウト裏へ引き上げた。

 そのときすでに、クラブハウスへつながる扉の前には、日米のメディアが鈴なり。ほとんど間を置かずしてマリナーズの広報が現れ、「イチローが会見する。こっちへ」と米メディアをクラブハウス裏のブルペンへ招き入れた。
 
 少しして、試合後の会見を終えたアスレチックスのボブ・メルビン監督が現れる。関係者がブルペンの扉を開けたそのとき、一瞬だけ中の様子が見えた。記者らの輪の外には、チームメイトが集まっていた。

 10分、いや15分後。会見が終わって、固く閉じられていた扉が開く。
 日本人メディア向けの会見は、東京ドームホテルで予定されていたので、そちらに向かおうとフィールドに背を向けた瞬間、背後から、地鳴りのような歓声が聞こえてきた。

「出てきた! 出てきた!」

 飛び交う声をかき分け、グラウンドへ走る。イチローがちょうど、三塁側のダグアウトの前でファンのカーテンコールに応え、三塁側からレフトへと、ゆっくりと場内を一周し始めたところだった。

 試合が終わっても、ファンはその場を去ろうとしなかった。球場の係員もそれを促すことはなかった。

 「イチロー! イチロー! イチロー!」
 
 多くは声が枯れるまで、名前を呼び続けた。それは、イチローの耳にも届いていた。

 51番の背中を追うようにして、エドウィン・エンカーナシオン、ライオン・ヒーリー、ディー・ゴードンらもフィールドに出てきた。多くがスマートフォンを掲げ、撮影をしている。

 ゴードンとすれ違う。

「やばい、これは、やばい!」

 試合中は涙を流したゴードンだが、目の前の光景に興奮し、それ以上の言葉をつげなかった。

「3月10日のインディアンス戦で2三振した後に」

 イチローがセンターまで歩みを進めた頃、ふと横を見ると、ジェリー・ディポトGMがその光景を見守っていた。

「試合前に言っただろう? 今夜は、素晴らしい夜になるって」

 試合後にイチローが何らかの発表をするのではないか。そんな情報を元に話を聞くと、確かにそう言った。しかしそれは、いかようにも受け取れた。日本ではおそらく最後──。盛り上がらないはずがないのである。

 いつ、この流れが決まったのか? そう聞くとディポトGMは、「10日ほど前だ」と口にした。

 えっ?
 思い当たる節があった。イチローが、あの2階へ行った日のことか?
「そうだ。私とイチローと通訳の3人だけで話をした」
 そうか、やはりあの日だったのか・・・。

 それは、3月10日のことである。

 イチローはあの日、アリゾナ州ピオリアで行われたインディアンスとのオープン戦に「8番・左翼」でスタメン出場したが、2打席とも三振に終わり、六回の守備から退いた。

 試合途中でクラブハウスへ引き上げたイチローはいつもなら、シャワーを浴びてから、足早にキャンプ施設を後にする。オープン戦のルーティンでもある。ただあのとき、クラブハウスの前にいると、イチローがTシャツ、短パン姿で、通訳を伴って出てきた。

 その背中を目で追ったが、どこへ行ったかまでは分からない。15分ほどして、「今、2階から降りてきた」と聞いた。

 2階?

 耳を疑った。イチローがかつて、そこへ足を踏み入れたことがあっただろうか。
 ピオリアにあるマリナーズのキャンプ施設は2階建て。1階にクラブハウス、トレーニングジム、トレーナールーム、ダイニングなどがあり、2階にはゼネラルマネージャーらの部屋がある。

 ピオリアで、「2階」といえば、フロントオフィスのメンバーの俗語でもあるが、その2階から、イチローが降りてきたという。

 やはり、そういうことだったのだ。

 ファンに別れを告げ、イチローが東京ドームホテルの会見場へ向かった。

 3月21日午後11時55分、イチローが壇上に姿を見せる。まさに日が変わる直前、引退を表明したが、決断したタイミングを聞かれ、こう切り出した。

「タイミングはキャンプ終盤ですね。日本に戻ってくる何日前ですかね。何日前とははっきりとお伝えできないですけど、終盤に入った時です」

 マリナーズがピオリアを出発したのが3月14日。すべてが一致した。
 もっとも、決して既定路線ではなかったという。

「もともと日本でプレーする、東京ドームでプレーするところまでが契約上の予定」とイチローは明かしたが、続けて言っている。

「キャンプ終盤でも結果を出せずに、それを覆すことができなかった」

 日本での開幕2連戦までは保証されている。その後は、キャンプ次第。つまりは、結果を出せるかどうか。オープン戦初戦ではタイムリーを放ち、2戦目には果敢に盗塁も決めた。しかし、3月1日のブルワーズ戦でヒットを打ったのを最後に、安打が途絶える。3月10日の2三振で、20打数2安打、7三振。その日、打率が1割を切った。

 もはやここまで。

 そこでイチローは、バットを置く決断を下した。
(文責・丹羽政善/米国在住スポーツライター)

最終更新:3/24(日) 5:30
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