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【天皇と平成シリーズ】誕生日は戦犯7人の命日 慰霊の旅「責任」果たす

3/25(月) 18:44配信 有料

西日本新聞

【天皇と平成シリーズ】誕生日は戦犯7人の命日 慰霊の旅「責任」果たす

 戦争と復興の時代だった昭和を経て、1989年に始まった平成は、2019年4月末で終わりを迎えます。「天皇と平成シリーズ」では、新たな時代の象徴天皇として歩んでこられた天皇陛下の足跡をたどり、九州・沖縄を中心にゆかりの人々の秘話を掘り起こすことで、平成という時代を振り返ります。
※この記事は2017年12月24日時点の内容です

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 12月23日午前、皇居。集まった参賀者に、84歳を迎えた天皇陛下は穏やかな表情で手を振られた。

 これに先立つ記者会見では、戦後、旧日本兵がベトナムの独立戦争で共に戦ったことなどにも言及した。陛下は毎年の誕生日、何らかの形で先の大戦に触れる。戦争の記憶を風化させないかのように。

 象徴的だったのが2015年、パラオ・ペリリュー島の訪問だった。約1万人の守備隊がほぼ全滅した激戦地で、陛下は死者に白菊を手向け、深々と頭を下げた。日本から約3千キロを1泊2日の強行日程で訪れ、沖合に停泊した海上保安庁の巡視船に宿泊した。慰霊の旅への強いこだわりがにじむ。

 戦後70年の節目に当たるこの年、陛下は「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と年頭の所感で述べている。戦争の中で少年時代を送り、東京の焼け野原を目に焼き付けた陛下は即位後、大戦の傷痕を直視し続けてきた。

 その理由を陛下の自己形成について研究する斉藤利彦学習院大教授は、「軍の暴走を止められなかった父、昭和天皇の戦争責任を受け止め、自分なりに果たそうとしている」とみる。 本文:2,649文字 写真:3枚

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西日本新聞

最終更新:3/25(月) 18:48
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