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バッテリースワップ式EVへの期待と現実

3/25(月) 6:30配信

ITmedia ビジネスオンライン

 ちょっと疑わしい点はあるのだが、ひとまずパリ協定が覆ることがないとしよう。同協定が定める2050年の温暖化ガス排出規制予定値をクリアするためには、EV(電気自動車)の普及は欠かすことができない。だから、EVは必ず普及する。それは間違いない。ただし、世の中で騒がれているほど目前の話ではない。

内部にはリフトを備え自動でバッテリーを交換する

EVの普及はいつ頃か?

 何を持って普及というか? ひとまず、新車販売台数において、HV(ハイブリッド)やPHV(プラグインハイブリッド)を含む内燃機関(エンジン)搭載車の台数をEVが抜くことと定義するならば、2030年では全く無理で、インフラが整った先進国だけに絞っても、可能性が出てくるのは最速で40年以降になるだろう。理由は単純だ。バッテリーの増産が追いつかない。

 さらに進んで、内燃機関搭載車がほぼ滅亡する日がいつ頃なのかといえば、これはもっと先だ。仮に内燃機関が今のEV程度のシェア、つまり1桁%まで落ち込むことをもって滅亡とするならば、今世紀中は難しいだろう。考えてもみてほしい。この地球上の国の少なくとも9割で、いつでも電気で灯りが灯せるようにならない限り、EVの普及はない。世界の国々の政情が安定し、経済があまねく発展し、それだけのインフラを満遍なく手に入れられるのが一体何時になるか考えれば悲観的にならざるを得ない。

 現実にEVはバックオーダーを抱えるほど売れていない。米Teslaのモデル3だけが例外である。あとはそれを「EVのカンブリア爆発の予兆だ」と考えるか、「モデル3の一過性のブーム」と捉えるかの違いだ。現状では両者は水掛け論にしかならないのが、5年後くらいには現実がどうなっているかの結果は出るだろう。

 筆者が一つ言えるのは、資本主義社会では、売れる商品なら作り手はどんな手を使っても作ろうとする。それこそが資本主義の力強さであり、浅ましさでもある。

 ボロもうけできるとなれば、多少の環境破壊や健康被害がうやむやに許容されることで、レアメタルやレアアースの供給はもっと増やせる。それらは貧しい国でばんばん採掘され、原材料供給が表面的には解決する。原材料が豊富になれば、バッテリーメーカーが雨後のたけのこの様に乱立し、バッテリーの供給問題は解決する。そして、世界の自動車メーカーがわれもわれもとEVを作るだろう。これまでの自動車もそうやって普及してきた。普及を決めるのはメーカーではなく、あくまでもマーケット。売れないものは誰も作らないから普及しない。EVの普及を願う人たちは、メーカーの不作為を嘆くより、まずは自らが買い、伝道しろという話になる。

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