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人工透析を中止し患者が死亡 提案する医師とその選択を支持する声に反論する

3/25(月) 11:06配信

BuzzFeed Japan

公立病院の医師が、腎臓病の女性患者に対して人工透析を止める選択を示し、中止を選んだ女性が死亡した、というニュースを最初に報じたのは、毎日新聞でした。

医師が「死」の選択肢提示 透析中止、患者死亡 東京の公立病院(https://mainichi.jp/articles/20190307/k00/00m/040/002000c)

その後、この病院では他にも人工透析を始めなかったことや、中止したことがかなりの数あったこと、死ぬ当日、夫に「とう(父)たすかかか」と助けを求めるようなメールがあったことも報じられました。

一連の報道をまとめたページ(http://www.arsvi.com/d/a032010.htm#2019)を作りましたので、関心のある方はご参照ください。

まず、担当医だけでなく、病院の管理者もこれで問題はないと言っています。そして識者の反応もメディアの一部も、毎日新聞がに批判的であるのとは違うスタンスをとろうとしているように見えます。

つまり、透析の中止や透析をしない選択肢は認めたうえで、患者とのやりとりを丁寧に行うべきであり、決定を変えることは認められるべきであると主張しています。条件付きで、医療側が「情報提供」をし、治療を停止あるいは始めないことは妥当であると言っているわけです。

患者の生死について強い信念をもつ医師が、単独で実行することはこれまでもありました。表に出た「事件」のいくつかは、病院内でのもめごとが関係した「内部告発」に発していたと聞いたことがあります。組織の中の亀裂がなかったらば、表に出なかったことでしょう。

今回は違います。病院も肯定していますし、世論も一部肯定しているかのように見えます。どう考えたらいいのでしょうか?
【寄稿:立岩真也・立命館大学大学院先端総合学術研究科教授】

あきらめきってないあきらめも、現実に直面して焦るのも不思議ではない

今回、本人側と医療の側の理解のずれ、本人の気持ちの揺れの中でことが進みました。本人が透析をやめるという意思表示をしたことがあるのは確かなようです。

ただ、実際にやめたら苦しく、本人は再開したいと言ったものの、止めたまま亡くなってしまった。

そういう人はけっこういるのでしょう。腎臓病が悪化して身体に苦痛があると、人工透析を受けることがあります。しかし、それを続けることで状態が特に良くなるわけではありません。

週に何度も通い、長時間、透析を受けるのは面倒だし、だんだんと効果も少なくなります。針を何度も刺し、刺せる場所がなくなることもあります。他の生活上の困難が加わればなおさら悲観的になるでしょうし、あきらめに近い気持ちになることもあるでしょう。

ただ、自発呼吸が止まって人工呼吸器をつけている人が呼吸器をはずしたらすぐに死んでしまうように、透析を止めても確実にすぐ死ぬわけではありません。けっこうもつかもしれないと、本人は思っているかもしれません。

今回、医師は、「止めたら状態が悪化することを伝えた」と言っているようです。ただ、長男によれば、患者は「(透析治療が)できないって言われたから、とりあえずやめる」「もしかしたら死ぬかもしれない」と言ったと報じられています。

未来のことは誰にもわかりません。例えば「5年生存率」といった確率・統計を示されたところで、やはりわかりません。確率が小さくとも、良い側に入る可能性を人は願います。「死に直結する」とはっきり言われても決まったわけではないと考えます。だから人は日々を生きていけるところがあります。

そして、人の状態は変化します。いざという時になってようやくリアルに怖くなったり、さらに大きな苦しみを実際に体験したりすることもあるでしょう。

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最終更新:3/25(月) 11:06
BuzzFeed Japan

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