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人工透析を中止し患者が死亡 提案する医師とその選択を支持する声に反論する

3/25(月) 11:06配信

BuzzFeed Japan

やはり人の命に、経済は影響している

これまで、「少子高齢化で「人や金が足りない」という不安は本物か? 社会的弱者に不寛容な言葉が広がる日本」と「少子高齢化のせいで「もの」は足りなくなるのか? 一人あたりで考えてみる」という記事を書きました。

一般に、個々の医師はともかく、病院の収入になるなら効果は気にせず医療をたくさん行なう傾向はあります。一時期、人工透析が医療機関にかなりの収入をもたらしたこともあります。

一方で、税や保険からの支出が減らされると、差し控えがなされることがあります。行政が供給を拡大したいときには高めに診療報酬を設定し、その後引き下げていくという手を使うこともあります。

今回の件については、医師個人はお金のことを気にしてはいないでしょうし、医療費の負担が本人の止める意思表示に影響したとは思えません。

ただ、人工透析に限らず、医療現場で多くの人たちが死ぬ選択肢を「選んで」いるのは、負担を気にしてのことです。医療費というよりは、人手がいないこと、家族に対する負担の引け目が、明らかに死への動因になっています。

腎臓病の人の多くはそうたくさんの介護が必要というわけではないでしょうが、透析には金がかかります。

人工透析が日本で始まったのは1960年代です。当初はとても高く、財産がなくなって死ぬ人もいれば、そもそも使えず死んでいく人がたくさん出ました。

それでそれで公費負担を求める運動が始まり、マスメディアが応援しました。それで公費負担が始まり続いています。有吉玲子さんの『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』(生活書院)に詳しいです。

人工透析は「無駄」なのか?

2016年、元アナウンサーの長谷川豊氏が、「自己責任」の腎臓病患者は人工透析を受けずに死ぬべきだといった発言を何度もしました。

これについては「長谷川豊アナ『殺せ』』ブログと相模原事件、社会は暴論にどう対処すべきか?」という題のインタビューで話しました。驚いたのは、翌年、政党推薦で国会議員の選挙に立候補したことです。彼の主張は粗雑な自己責任論で「無駄な」金を減らそうという話でもあります。

「無駄な命はない」というような「正論」を言うとともに、そんなに節約しないと生きられないのかと考えていくことが必要だと思っています。

そして、自己決定は大切な一方、死の決定については慎重であるべきだとし、せめて心配なく生きられるような社会にしてから、「どちらも選べる」ようにするべきだと主張してきた人たちの言い分は、依然として正しいと思うのです。

公費負担が始まった1970年代、人工透析を使う人はそう多くはありませんでした。

その後、利用者は増えました。2016年の『週刊現代』の記事によれば、透析には月40万円ほどかかり、32万人に使われているので、約1兆6000億円。合併症への対応を含めると約2兆円、日本の医療費約40兆円の5%になるのだそうです。

それでも、国民一人平均2万円の負担で32万の人がさしあたり死なずにすんでいるのであればなんでもないと私は思いますが、「金がかかる」ということをもう少し考えてみようとは思います。

そして先日から、BuzzFeedで書いてきたのは、まずは「現物」で考えようということでした。まずものは不足していません。透析に使う液は、ナトリウムやカリウム、カルシウム、マグネシウム、重炭酸、ブドウ糖などだそうです。普通に存在するものです。人間の身体も自然の一部ですから、まあそれもそうでしょう。

他方で透析の機械は、きっとなかなかに複雑なものなのでしょう。しかし作れていますし、足りなければ増やすこともできます。人工透析を行うために働いている人がどれだけいるかは知りませんが、その人たちが人工透析の仕事をしているために労働力不足を招いている、ということはないはずです。

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最終更新:3/25(月) 11:06
BuzzFeed Japan

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