ここから本文です

目指すは通常の3倍! 水中の速さ追求した旧海軍の高速潜水艦、開発経緯とコトの顛末

3/25(月) 6:03配信

乗りものニュース

水上航行に最適化されていた当時の潜水艦

 実験艦を除いた戦後の通常動力型潜水艦において、水中速力25ノット(約46km/h)を達成した例はありません。2018年10月に進水した海上自衛隊の最新鋭潜水艦「おうりゅう」でも、水中速力は20ノット(約37km/h)とされています。ところが80年も前に、旧日本海軍は水中速力25ノットを目指した潜水艦を作っていました。

【図】バッテリーが存在感を放つ伊二百一潜水艦の構造図

 第2次世界大戦期の潜水艦は、通常は水上航行しており、戦闘時のみ必要に応じて潜水するという運用方法が一般的でした。反撃される可能性が少ない敵商船や小型艦艇を攻撃する際には、「家1軒の値段」といわれた高価な魚雷を節約するため、浮上したまま大砲で攻撃することも、ままあったのです。艦も水上航行に最適なように設計されたため、水中速度は水上速度より遅くなるのが普通で、日本海軍の、ほとんどの潜水艦の水中最高速力は8ノット(約14.8km/h)程度であり、これは他国の潜水艦でも同じようなものでした。

 太平洋戦争の中盤以降、アメリカ軍の対潜水艦能力が向上し、日本の潜水艦の損害が増えていきます。そこで1943(昭和18)年に、日本海軍は水中速力25ノットという潜水艦「潜高型」を構想します。これが実現できれば、敵からも上手く逃げおおせられるはずです。

 通常の3倍速いという、とてつもない要求にも見えますが、1934(昭和9)年に建造された実験艇「A標的」が水中速力24ノット(約44.4km/h)、1938(昭和13)年には高速実験潜水艦「第71号艦」が水中速力21.3ノット(約40km/h)を達成しており、実用化の目途は立っていました。

水中25ノットを目指して

 通常動力型といわれる潜水艦は、水上ではディーゼルエンジンでスクリューを回します。潜水すると給排気ができないので、ディーゼルエンジンを止め電力でモーターを回し、推進力を得ます。電力は、浮上しているときにディーゼルエンジンで発電し、電池に充電しておいたものです。

 理科の授業でも習いましたが、複数の電池を並列に繋ぐと、電球は比較的明るくはありませんが、長く光り続けます。一方、電池を直列に繋げば、電球は目に見えて明るく光りますが、電池は比較的早く切れてしまいます。潜高型は、とにかく水中で高速を出そうと、電池をたくさん直列に並べる方法を採用しました。

 潜高型1番艦「伊二百一」では「特D型」という小型超大容量電池を、当時の標準的な潜水艦であれば数百個単位のところを2088個も搭載、これを36群にまとめて直列配置します。特D型電池はもともと、水中排水量約40トンの実験艇「A標的」のような小型艇用のものでした。これを無理やり大量に、水中排水量1450トンの潜高型に載せたのです。

 機関は、1本のスクリュー推進軸に1375馬力のディーゼルエンジンと1250馬力モーター2基を直結した軸を2本、搭載します。水中馬力は、1250馬力モーター×4基=5000馬力が発揮できるはずでした。これは、当時の標準的な潜水艦の2倍の馬力になります。

 船体も、水上より水中抵抗を最小にする形状で、大きな抵抗になる大砲は搭載されず、機銃も格納式でした。一方でレーダーやシュノーケル(浅い深度なら水中に潜ったままエンジンを動かして充電できる)が追加されて抵抗が増え、結果、水中速力は計画値で19ノット(約35km/h)まで下がることになりましたが、それでも標準的な潜水艦の、2倍の速度を実現したのです。

1/2ページ

最終更新:3/25(月) 16:08
乗りものニュース

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事