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全盲者が映画監督に挑むドキュメンタリー『ナイトクルージング』

3/27(水) 12:05配信

ぴあ映画生活

生まれながらの全盲者が映画監督に挑む! こんな意外な挑戦の過程を追った佐々木誠監督のドキュメンタリー映画『ナイトクルージング』。無謀とも思える一方で、妙な期待感も抱かせる、この試みの舞台裏を佐々木監督に訊いた。

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今回、映画監督に挑んだのはシステムエンジニア、ミュージシャンという肩書きを持つ加藤秀幸。先天性全盲で生まれつき目の見えない彼は、光さえ感じたことがない。彼の中で視覚というのは想像するしかない。世の中のあらゆるモノを、彼は世間で言う“視覚”でとらえることもできない。でも、映画が作りたい気持ちがある。作品内で、佐々木監督は加藤にこう訊ねる。「ラジオドラマじゃダメなの?」と。すると加藤は「それはやり飽きてるんだよ」とピシャリ。それは、「見えないと映画を作ってはいけないのか?」というこちらへの問いかけでもある。

佐々木監督はこう語る。「よく質問を受けるんですよ。目が見えない加藤君がなぜ映画を作りたい理由を。正直、僕はそれは愚問だなと。というのも、映画が好きならば、みなさん、一度は“自分も作ってみたい”と思ったことがあるんではないでしょうか。それと一緒。見えなくとも作りたい気持ちはある人間はいる。おそらく、目のみえる人が“映画を作りたい”といっても、“なぜ”とは誰も聞きませんよね」

目がみえないからといって映像に興味がないとするのは、見える側の勝手な思い込みにすぎない。事実、映画を作りたい全盲者がここにいる。“ならばやってみよう”との号令のもと、スタートした加藤秀幸の初監督作品には、『シン・ゴジラ』や『バイオハザード』シリーズのプリビズやCGの制作チーム、『ファイナルファンタジーXV』の開発チーム、国際的な活躍をする美術家の金氏徹平、ミュージシャンのイトケンなど、一流のスタッフが集結した。

「映像作品の実績のない人間の監督デビューに、これだけの一流スタッフが集まるなんてまずないですよ(笑)。僕自身もこれだけの方々が集まるとは思っていませんでした。協力してくれるスタッフが見つかるのか不安がなかったわけではない。ただ、いざ打診してみると、みなさん、好反応。『新たな映像の可能性を追求できるのではないか』『これまでにない映像表現にトライできるのではないか』と興味津々で。一流のクリエイターだからこそ、新たな挑戦になるのではと興味を示してくださった。みなさんビジネスじゃない。クリエイターとしてなにか刺激をもらえる可能性を感じてくださった。自分としては、同じ作り手として、一流と言われる人間の未知の領域へのトライを厭わない姿勢を実感したというか。トップ・クリエイターのあくなき好奇心を垣間見た気がして、うれしかったです」

こうして始まった加藤秀幸監督作品。ここで加藤は驚くべき監督としての資質を示す。ベーシストとしてバンド活動をしていることからもわかるが、彼はもともとアーティスト志向。モノづくりの素養があるので、生み出そうとするものに対してのヴィジョンが明快。独自の感性で見えざる者と見える者を主人公にした脚本を書き上げ、目の見えるスタッフと映画化に挑むのだが、理路整然と自分の意向やヴィジョンを伝えていく。その意向を伝えられたスタッフは、監督の思い描く世界をなんとか具体化し、よりよいものにしようと試行錯誤を繰り返す。そのスタッフがひねり出してきたアイデアに対し、加藤はイメージ通りか否かを伝える。この繰り返し。監督とスタッフが切磋琢磨してよりよいものへとしていこうとする。

「僕自身は挑戦前から思っていました。『加藤君は監督に向いているんじゃないか』と。背が高くていつも黒いサングラスをかけているので、黒澤(明)監督っぽいし(苦笑)。それは冗談ですけど、監督によって考え方は違うと思いますが、僕自身は、監督とスタッフが意見を交わしながら、密にコミュニケーションをとって、ひとつのものを作り上げていく。これこそが映画作り。まさしく、そういう光景がこの現場でも展開されていた。なので、加藤君は監督としての素質が十分だなと。スタッフの士気を高めていくところとか、監督に向いているなと思いましたね」

その監督としてのこだわりは作品内で随所にみられる。人間の顔の造形や色の実体、2Dで表現することといった、視覚から見た世界をさまざまな手法で知ることで、彼はたとえばその登場人物の衣装からその服の色、髪型から風貌までを指示する。また、作品は最終的にCGや実写が混在する映像になるのだが、登場人物はすべてアフレコを選択。キャストには山寺宏一や石丸博也ら一流の声優が揃ったのだが、彼らにも臆することなく、ここはこのぐらいのトーンでと細かく指示を出していく。現場は助監督任せ、演技は俳優任せといった監督は少なくない中、加藤はスタッフに明確に真意を伝え、何事も人任せにしない。これはもう紛れもない映画監督といっていいだろう。

「色とか衣装とか、“それは好みじゃない”、髪型は“七三わけはダメ”とか自信満々に言う姿を見ていると、彼が見えていないことを忘れますよね(笑)。ほかにも、たとえば、撮影前に制作するサウンドコンテ(絵コンテの代わりに音で構成するコンテ)を作成中、セリフをひとつ、ふたつ足さないといけないシーンがあったとき、そこだけ録って編集すればいいんじゃないというと、急に怒り出して。それじゃダメなんだ、最初から全部やり直さないとダメだと。まったく違うものになってしまうと言い張る。本人の中にここは流れで一気に、ここはカットで割ってとかちゃんとあるんですね。そうした自分の描きたい世界の根幹にある自分の意見については絶対に曲げなかったですね。あと、アフレコについては勝手知ったるというか、水を得た魚状態(笑)。ちなみに山寺さんにしても、石丸さんにしても、神奈延年さん、能登麻美子さんにしても、みなさん、加藤君の第一希望。この声入れの現場が一番、監督はいきいきしていたし、その指示にも熱が入っていましたね」

こうして映画作りは無事完了。加藤秀幸監督作品『ゴーストヴィジョン』は完成する。その作品は、『ナイトクルージング』内で披露されている。

「“全盲の監督ならでは映画”“これまでと全く違う映画作り”といった作品を期待する人もいると思います。ただ、彼自身が作りたかったのは“全盲ならではの映画”ではなくて、ごく普通の映画。全盲の彼自身のヴィジョンを反映している部分もありますが、見えるか、見えないか関係なく、映画のスタンダードな手法でスタンダードな映画を、“加藤秀幸ならではの映画”として作ってみたかった。もちろん、見えなくても作れることを証明したい意地とプライドは彼にあったと思います。ただ、周囲から全盲者が監督した作品とみられるのは本意ではない。だからこそ、普通に映画を作ってみたかった。その気持ちはわかるような気がします」

ただ、今回の試みを見ていると、大きな可能性に気づかされる。いい意味で加藤監督には映像はこうあるべきといった先入観がない。たとえば、この人物はこういう性格上、こういう風貌といった、見えているからこそある固定観念がない。見えることでの束縛から、彼はある意味で自由でいられる。そういうことをひとつひとつ突き詰めていくとなにか新しいものが生み出されるのではないだろうか?そんな可能性を感じさせる。

「視覚障がい者全員が映画を作れるわけではない。もちろん向き不向きがある。でも、それは健常者とて同じこと。映画を作りたい気持ちがあれば、誰でも映画は作れる。加藤君も僕もジャッキー・チェンの映画を通ってきている世代。今回の加藤君の作品『ゴーストヴィジョン』がSFアクションになっているのも、そういうところからきているんですけど、話を聞いていると、自分と同じように映画を楽しんでいるんですよね。もしかしたら、僕らが実際に見ている映像に近いもの、彼らは想像の中で見て感じている可能性があるんじゃないかなというぐらい、同じように楽しんでいる。確認のしようはないんですけど(笑)。だったら、目が見えなくても映画を作りたい気持ちが芽生えることは不思議じゃない。今回の『ナイトクルージング』がきっかけで、新たに手をあげる監督がいたら、それはうれしいですね。もうひとつ、加えると、マジョリティとマイノリティ、相手への想像力と相互理解、コミュニケーションについての映画でもある。そのあたりで悩んでいる人たち、とりわけSNS世代に届けばなと思っています」

『ナイトクルージング』
3月30日(土) アップリンク渋谷ほか全国順次公開

取材・文:水上賢治

最終更新:3/27(水) 12:05
ぴあ映画生活

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