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不発に終わった共謀捜査――モラー報告書の全面開示めぐる攻防へ

3/28(木) 11:40配信

ニュースソクラ

【ロシアと世界を見る目】米露関係は悪化に拍車

 ウィリアム・バー米司法長官が24日、2016年の大統領選にロシアが介入した疑惑を捜査してきたロバート・モラー特別検察官による捜査報告の要旨を両院司法委員会に送り、公表した。モラー特別検察官は約1年10カ月の長きにわたり、主にドナルド・トランプ選挙対策本部とロシア当局が共謀(刑法上は陰謀conspiracyという犯罪名)したかどうか、そしてトランプ大統領は司法妨害を犯したかどうかを捜査してきた。

 特別検察官は、共謀については簡単に言うとその事実なしという結論を出した。司法妨害については、犯したとは言えないが犯していないとも言えないと曖昧だ。そこで司法妨害については司法長官の判断に委ねられことになっており、バー長官は証拠不十分との判断を下した。もともと米憲法上、現職大統領は起訴されないとの解釈が有力ではあるが、今後、トランプ大統領がロシアとの共謀や司法妨害を問われることはないだろう。

 トランプ大統領は共謀の指摘に対し当初から「でっち上げだa hoax」「魔女狩りだa witch hunt」などと全面否定していた。モラー特別検察官の捜査は結局、事実上、彼の主張に沿うものとなった。トランプ大統領と彼の支持者たちにとって大勝利であることは間違いない。

 ロシア政府も関与を一切否定してきており、ウラジーミル・プーチン大統領のスポークスマン、ドミトリー・ペスコフはバー長官の公表を受けて25日、「暗闇の中で黒猫を見つけることは難しい。特にそこに猫がいない場合はそうだ」とコメントした。

▼別の形で捜査は続く

 しかし、共謀があったと断言、あるいは推定してきた米国の民主党議員や主要メディアはそう簡単に矛先を収めるとも思えない。民主党は特にモラー特別検察官が大統領の司法妨害の有無について明確な結論を出さなかったにもかかわらず、バー長官が司法妨害なしと判断したことを問題視している。下院司法委員会のジェリー・ナドラー委員長はバー長官の判断を「性急で党派色が強い」と批判した。

 民主党はモラー報告がすべて明らかにされれば、司法妨害疑惑が強まることを期待してか、報告の全面開示を求める方針を決めている。またバー長官を議会に喚問するという。モラー特別検察官の喚問を求める声もある。

 バー長官がモラー報告を脚色して発表していない限り、トランプ大統領がその全面開示に反対する理由はないはずだが、司法省は容疑者への通信傍受の経緯など捜査上の機密が表にでることに難色を示すだろう。今後はどこまで報告を開示するかをめぐり、特に民主党が多数を握る下院を中心に、共和党や司法省との間で攻防が展開されるとみられる。

 また、トランプ大統領は共謀と司法妨害の疑惑から逃れたとしても、別の疑惑で追及される可能性がある。検察当局がいくつか関心を持っている事件がある。

 そのうちの1つは、トランプ大統領による選挙資金法違反の疑惑。トランプ氏が2006年から2007年にかけ性的関係を持った2人の女性に対し、選挙期間中の2016年に醜聞の口止め料の支払いを顧問弁護士だったマイケル・コーエンに指示したとされる。コーエンが議会証言で明らかにした。これは選挙資金法違反にあたるかもしれないとされる。

 次に、これもコーエン証言による情報だが、トランプ大統領はかつて不動産事業を手がけるにあたって銀行融資を受けた際、自らの資産規模を過大に申告したともいう。

 もう1件紹介すると、トランプ氏の大統領就任式を取り仕切ったトランプ陣営の組織が寄附を募った際、不当な見返りを約束し、禁じられている外国人からの寄附を受け取ったなどの不正行為が取りざたされている。

 これらはニューヨークの連邦および州検察当局が担当し、捜査を続けると思われる。ロシアとの共謀や司法妨害の疑惑に比べるといかにも深刻度が低いが、それでも民主党やメディアの一部はこれら捜査にトランプ追及の活路を見出そうとするかもしれない。

 その場合でも大統領の弾劾は無理だろう。民主党のナンシー・ペロシ下院議長は今月、国論を二分するだろう大統領弾劾の手続きには反対する旨、述べた。それに弾劾成立には下院で過半数の賛成を得た後、共和党議員が過半数を占める上院で3分の2の賛成が必要だ。特に共謀疑惑が消えた以上、共和党議員が賛成するとは思えない。

▼34人と3企業起訴という成果

 モラー特別検察官の捜査は、2016年大統領選で民主党のヒラリー・クリントン候補に勝利するためトランプ陣営がロシアと共謀して情報工作を展開したとの疑惑が浮上して始まった。一方、司法妨害の疑惑はその捜査の過程でトランプ大統領がジェームズ・コミーFBI(連邦捜査局)長官を解任したことで生じた。従ってモラー特別検察官の捜査の核心はあくまでも共謀の有無だった。

 モラー特別検察官は結局、34人と3企業を起訴に持ち込み、捜査を終了した。この中にはトランプ選対本部長を務めたポール・マナフォート、トランプ陣営の外交政策を担当していたマイケル・フリン(トランプ政権発足直後に国家安全保障担当補佐官に就任)、トランプ大統領の長年の顧問弁護士を務めたマイケル・コーエンなどそうそうたる人物が含まれる。彼らトランプ氏の側近らの他、26人のロシア人も起訴された。

 だが、起訴容疑にはいずれも共謀は含まれなかった。モラー特別検察官がバー司法長官に提出した最終報告で、新たな起訴があるかどうかが注目されたが、なかった。

 ロシア人以外の人物への起訴で特徴的なことは、取り調べ段階での「虚偽の供述false statements」や脱税など共謀とは関係のない容疑を多用していることを挙げられる。

 彼らが取り調べになぜウソをついたか不思議だが、多くの場合、トランプ氏への忠誠心が影響していたようだ。もちろん捜査当局が真偽を確かめられないだろうと高をくくってのウソもあった。

 ロシアが関係する疑惑の捜査対象は大きく3つに分けることができる。(1)ロシアが民主党関係者のコンピュータにハッキングを仕掛け、eメールを盗み出したとの疑惑、(2)ロシアがフェースブックなどソーシャル・メディアを使って情報工作を展開したとの疑惑、さらに(3)ロシアがそうした行為をトランプ陣営と共謀して実行した疑惑――である。

 モラー特別検察官は、ロシアがハッキングとそれによって入手した情報を公表し、また別途、ソーシャル・メディアを使った情報工作を展開したという疑惑については、早くからそうした事実があったと認定、複数の米情報機関も同様の結論を出している。その捜査の成果がロシア人25人とロシア企業3社の起訴につながった(もう1人ロシア人が起訴されているが、それはハッキング容疑などとは関係がない)。

 ただし、ハッキングがあったとの結論については米国の情報機関出身者など専門家から疑義が呈されている。民主党関係者のeメールはロシアによるハッキングではなく、コンピュータに直接、USBなど外部保存装置を接続し写し取られたという。当局はこの疑問を無視している。

▼怪文書としての「スティール文書」

 3番目のロシアとトランプ陣営との共謀疑惑について、証拠を見出すことができなかったことは論じてきた通りであるが、そもそもこの共謀疑惑の源泉を探ると、「スティール文書」にたどり着く。

 英国情報機関MI6のロシア担当だったクリストファー・スティールが2016年6月から12月にかけて作成した文書だ。クリントン陣営がワシントンDCにある「フュージョンGPS」という調査会社にトランプ候補についての調査を発注、フュージョンGPSはそれをスティールに再発注し、スティールが書き上げた。

 米国のインターネット・メディア「バズフィードBuzzFeed」が2017年1月11日にその内容を報じ、大騒ぎとなった。スティール文書はロシアとトランプ陣営が共謀していたと指摘していたからだ。だが、モラー特別検察官報告が出た今となってはこの文書は怪文書と断定してよいだろう。

▼「介入」は大統領選を左右したか

 一連の疑惑を論じるにあたっては、ロシアによる介入があったとして、それが大統領選の行方を左右したのかどうかという観点も極めて重要だ。

 その際、米国の公的機関がこれまで外国の選挙に干渉したことはなかったのかという疑問も沸くが、それは差し置いて、果たしてロシアによる介入でトランプ候補が当選し、クリントン候補が落選したかのかどうか。この問題はトランプ大統領の当選の正当性に関わる。その問いに肯定の答えを出している人たちはいる。だがそうした見方にはこの件に関係するソーシャル・メディアの利用の効果を過大に評価しているきらいがある。

 クリントン候補の選挙運動は、彼女が国務長官時代(2009年1月21日~2013年2月1日)に個人用のパソコンを使って国家機密情報をeメールでやり取りしていた事件に大きく振り回された。彼女の敗北の要因は、いい加減な機密情報の扱いほか、彼女の政策全般に対する国民の厳しい評価、さらには移民政策などで独自色を打ち出したトランプ候補の選挙戦略にあると考えるのが合理的だ。

 ところで、ロシア情報機関が盗んでウィキリークスなどが流したという民主党全国委のeメール自体は本物だ。ウィキリークスなどがでっち上げのニセ情報を流したわけではない。eメールの公表によって公平であるべき民主党全国委がクリントンという特定の候補を後押ししていたことが暴露された。民主党内部の不正が暴かれたわけで、その意味では民主党員や有権者はそのサイバー攻撃に感謝しなければならないのかもしれない。

 モラー特別検察官による捜査には、米国内の政治的対立が色濃く反映、「トランプ大統領・共和党対民主党・主要メディア」の対立という構図が存在してきた。政治家が党利党略で動くことは当たり前だとしても、共謀説の強い記事を連発してきたメディアはどう言い訳するのか、それともしないのか興味深い。

▼米露関係の悪化に拍車

 共謀疑惑は米国内にとどまらず米国の対ロシア関係を深く傷つけるという影響も及ぼした。米ロ関係は2014年3月のロシアによるクリミア併合を機に悪化の一途にあり、大統領選への介入疑惑でそれが加速し、今は冷戦終了後最悪という状態にまでに冷え込んでいる。

 共謀を否定的にみていた共和党議員もロシアがハッキングやソーシャル・メディアを使って大統領選に介入したと判断している。共和党を含め議会、そしてメディアの対ロ認識は極めて厳しく、プーチンを悪魔化demonizeする傾向すらみられる。モラー特別検察官の捜査が終了しても「新冷戦」ともいわれる関係は長期化しそうだ。

■小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。

最終更新:3/28(木) 11:40
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