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【舛添要一の僭越ですが】 象徴天皇制という日本の伝統に回帰した戦後の天皇制

4/4(木) 13:30配信

ニュースソクラ

新元号が決まる・・定着した象徴天皇制

 今日、4月1日、新元号が「令和」に決まった。今上天皇が退位されて、5月1日には新天皇が即位する。憲法で定められた象徴天皇制は国民の間に定着しており、それは戦後の日本社会の安定の基盤であったと言ってもよい。

 2月24日、在位30年記念式典に当たって、天皇陛下は、次のように述べられている。

 <天皇として即位して以来今日まで、日々国の安寧と人々の幸せを祈り、象徴としていかにあるべきかを考えつつ過ごしてきました。しかし憲法で定められた象徴としての天皇像を模索する道は果てしなく遠く、これから先、私を継いでいく人たちが、次の時代、更に次の時代と象徴のあるべき姿を求め、先立つこの時代の象徴像を補い続けていってくれることを願っています。

 天皇としてのこれまでの務めを、人々の助けを得て行うことができたことは幸せなことでした。これまでの私の全ての仕事は、国の組織の同意と支持のもと、初めて行い得たものであり、私がこれまで果たすべき務めを果たしてこられたのは、その統合の象徴であることに、誇りと喜びを持つことのできるこの国の人々の存在と、過去から今に至る長い年月に、日本人がつくり上げてきた、この国の持つ民度のお陰でした>

 また、2016年8月8日にも、象徴としてのお務めについて、以下のように述べられている。

 <天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました>

 日本国憲法の第一章は「天皇」であり、第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と記されている。上記の天皇陛下のお言葉は、自らがこの憲法の規定をどう体現していったのかを明確に示されたものである。そして、同時に、そのような陛下のお姿に、国民が「誇りと喜びを持つこと」ができたと明言されたのである。

 憲法改正議論の中で、「象徴」を「元首」に変えるべきだという意見が根強くあるが、私は、事務局担当として自民党の第一次改憲案(2005年)をまとめるときには、その意見を採用しなかった。

 その際にも、まずは様々な機会に天皇陛下が発せられたお言葉をしっかりと把握したものである。たとえば、平成5年には、次のように述べられている。

 <長い歴史を通じて政治から離れた立場において、苦しみあるいは喜びに国民と心を一つにして、国民の福祉と幸福を念ずるというのが日本の伝統的天皇の姿でした。日本国憲法は『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴』であると定めています。天皇は国政に関与せず、内閣の助言と承認によって憲法に定められた国事行為を行う、と規定しているのは、このような伝統に通じてのものであります。

 天皇は日本で行われる国内のあるいは国際的行事に出席し、外国の賓客を迎え、また外国も訪問しますが、これはいずれも国や国民のために、また国際親善のために、象徴という立場に立って行うものです。年始には天皇皇后が著名な学者の話を聞く講書始の儀や、多くの国民からの詠進歌の中から選ばれた伝統的三十一音の和歌が、天皇や皇族の歌とともに披露される歌会始の儀に出席します。これは歴代の天皇文化を大切にしてきた伝統の表れです>(平成5年8月27日、イタリア国・ベルギー国・ドイツ国ご訪問事前招待記者からの質問に対する文書回答から)。

 このお言葉で重要なのは、象徴天皇制こそが日本の歴史だということである。現実の政治権力とは離れたところで権威として存在してきたのが天皇である。冒頭の「長い歴史を通じて政治から離れた立場において」という表現に、そのことが凝縮されている。これこそが、天皇が述べられたように、「日本の伝統的天皇の姿」なのである。

 その意味で、明治維新から1945年の敗戦までは、天皇制のあり方としては、例外的な状況だった。戦後の日本は、長い日本史の伝統に回帰したと言ってもよいのである。

 このように考えてくると、「元首」は適切ではなく、「象徴」のほうが天皇のあり方として相応しいと思う。

 アメリカやフランスや韓国などの大統領は国家元首であるが、選挙で選ばれれば、誰でもなることができる。しかし、日本の天皇は違う。まさに、普通の人ではなれない存在であり、元首ごときにするには畏れ多いのである。

 また、国家元首となれば、政治的意味合いもでてくるかもしれず、それは「権力を持たないからこそ権威を持つ」日本歴史における天皇の在り方とは異なっている。

 2012年に発表された自民党の第二次憲法改正草案では、「天皇は、日本国の元首であり」と記している。私は、第二次草案の議論のときには自民党を離党しており、全く関与していないが、この案には反対である。第二次草案は保守的傾向が強すぎるし、象徴天皇制が定着した現状とは大きくかけ離れている。

 最近は、天皇陛下のお言葉の影響か、自民党保守派の中でも「元首」論を強硬に主張する者は減っている。新元号の制定、新天皇の即位にあたり、憲法上の天皇の地位についてもっと国民的に議論されてよい。主権は天皇にではなく、国民にあるからである。

舛添 要一 (国際政治学者)

最終更新:4/4(木) 13:30
ニュースソクラ

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