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【平成の事件】19人殺害の植松被告 接見19回と手紙34通から見えたゆがんだ正義と心の闇

4/8(月) 10:00配信

カナロコ by 神奈川新聞

「リンカーン超えた」のぞく自負心

 「障害者は必要ないという考えは、やまゆり園で働くまで全く考えたことはありませんでした」

 当初、命の優劣をつける優生思想から障害者らを虐殺したとされるヒトラーの影響を受けた犯行と見られていた。だが、植松被告は「ヒトラーの考えとは違う」と強く否定する。

 その彼が思いつきを確信に変えるきっかけとなった入所者家族とのやりとりが、手紙の中に記されている。

 〈私が入浴支援をする際に、入所者の男性が発作を起こし浴槽で溺れていました。すぐに助けたので大事には至りませんでしたが、家族にお礼を言われることもありませんでした〉

 〈親でも子どもが何を考えているか分からない、と漏らしたことも覚えています〉

 被害者を一顧だにしないだけでなく、家族にとっても障害者は不要な存在であるといわんばかりに振る舞う。

 遺族は静かな生活を求め、口を閉ざす。犠牲者の人柄や遺族の思いが社会に届く機会は極めて少ない。そんな現状が、彼の罪の意識の欠如に大きな影響を与えているように思えてならない。

 それを裏付けるような場面があった。「平成最悪とされる殺人事件をどのように捉えているのか」。記者が質問を終えても、彼はしばらく黙ったままだった。改めて問うた時だった。

 「リンカーンを超えたかな、と」

 一瞬、聞き間違えたかと思った。だが、おうむ返しに繰り返しても答えは同じだった。奴隷解放宣言で知られる第16代米大統領エイブラハム・リンカーン。植松被告の背後で必死にペンを走らせていた刑務官がメモを取るのを止め、記者同様、次に出てくる言葉を待っているのが伝わってきた。

 「リンカーンは黒人を(奴隷制度から)解放した。自分は重度障害者を生み育てる恐怖から皆さまを守った、ということです」

 恥ずかしそうに語りながらも、彼の表情は誇らしそうに見えた。

増殖続ける「差別の芽」

 あくまで自身の行為を正当化する植松被告。一方、いずれ来る裁判の話題に水を向けると、「聞かれたことにだけ答えられればいい」と上の空のような話しぶりになる。

 そもそも、彼が障害者とその家族への感情を初めて自覚したのは小学生のころだったという。同級生に知的障害のある男の子がいた。大声で叫んだり暴れたりする行動が、幼かった彼の目には奇異に映ったという。

 「付き添っている母親がいつも疲れているように見えました。やっぱり大変なんだなって」。記者に同意を求めるように、彼はうなずきながら眉間にしわを寄せた。

 しばらく会話を重ねるうちに、何かに思い当たったようにふいにつぶやいた。

 「今振り返れば、あれが(自分の考えの)原点と言うか、芽になっているのかもしれない」

 事件後、インターネットの掲示板やツイッターには「正論だ」「障害者はいらない」といった植松被告の主張に同調する投稿があふれた。その状況は変わらず、今も静かに増殖を続ける。彼のもとには週に10通ほどの手紙が届き、最近は賛同する意見や不自由な暮らしへの激励がほとんどという。

 「自分の考えが世間に受け入れられていると感じるか」。そう尋ねると、彼は少し考えてから諭すような口調で答えた。

 「私の考えに公の場で賛成する方は少数ですが、反対する方も少数ではないでしょうか」

 あなたはどうか。そう問われているような気がした。

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最終更新:4/8(月) 12:41
カナロコ by 神奈川新聞

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