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「令和」を風疹大流行で幕開けとしないために 平成元年に先天性風疹症候群を持って生まれた女性が願うこと

4/8(月) 17:10配信

BuzzFeed Japan

2019年に入っても風疹の猛威は衰える気配を見せない。

1月から3月24日までの3ヶ月足らずで、すでに感染者の報告数は1033人。2013年の大流行と同様のペースで増え続けている。

こうした現実を、怒りを持って見つめているのは、平成元年生まれの風見サクラコさん(仮名、30)だ。

30年前の大流行時、妊娠中の母が風疹にかかり、重度の難聴と白内障、緑内障などの目の障害が残る「先天性風疹症候群」を持って生まれた。

「平成の幕開けに風疹にかかって生まれ、新しい年号が始まる今同じように流行を繰り返すこの国は人の命を何だと思っているのでしょうか? どこが『ビューティフルハーモニー』なのか。これ以上、同じ苦しみを抱える人を増やさないでほしいのです」
【BuzzFeed Japan Medical / 岩永直子】

「風疹とわかっていたら産んでいなかったかも」

風見さんの両親が結婚した1987年は風疹が大流行した年だ。風見さんが生まれた東京都内だけでも3万人を超える報告が上がり、風見さんの母も結婚前に、風疹ウイルスに抵抗する免疫を調べる抗体検査を行なっていた。

保健所で「抗体がありますから大丈夫」と言われた抗体価は16倍。現在の基準では感染を防ぐには32倍必要と言われており、ワクチンが必要な抗体価だった。当時は必要ないとされ、ワクチンをうたなかったことが風見さんの運命を決めた。

その後、妊娠に気づいたばかりの1988年7月、母の体中に発疹が現れ、耳の下のリンパ節が腫れる症状が出た。

「もしかして風疹かもしれない」

不安に思った母は検査を受けたが、風疹との診断はつかず、そのまま出産に臨んだ。

「大人になってから、母に『風疹とわかっていたら産んでいなかったかもしれない』と言われました。現在の日本でさえ、先天性風疹症候群はあまり知られていないのですから、昔だったらそうされていたのかなと、自分が生まれなかった可能性を考えました」

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最終更新:4/8(月) 17:10
BuzzFeed Japan

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