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【広島から伝えたい】水道復旧に動いた父が死亡、うわさに苦しんだ息子 「災害関連死」を知らない人へ

4/9(火) 14:00配信

テレビ新広島

西日本豪雨災害から9か月を迎えました。広島県の犠牲者133人のうち、24人は「災害関連死」です(4月6日現在)。災害のたびに繰り返される災害関連死は、遺族の申請も「弔慰金目当てと周囲に思われるのではないか」など心理的なハードルが高いといいます。豪雨で被災した地域の復旧のため動いた父を突然亡くした男性は、実際に根も葉もない噂に苦しみ「父の名誉を回復したい」と申請を決めました。テレビ新広島が、その思いを伝えます。

「地域の人が困るから」水道復旧のため動いた父、災害直後の死

「ここにあるタンクがうちのお父さんが直そうとしていた水道設備で―」
広島県神石高原町の門翔也さん(28)が向かうのは、父が最期まで守った大切な場所です。

 豪雨災害直後の去年7月9日、翔也さんは父の信夫さん(60)を亡くしました。死因は、心臓突然死でした。心臓に持病はなく、災害によって心身へ負担がかかったことが原因とみられ、災害関連死に認定されました。

 7月6日夜の豪雨によって自宅の裏山が崩れ、信夫さんは、福山市の親戚の家に一時、避難していました。しかし、地域の5軒ほどに水を供給している水道施設が土砂によって壊れ、修理のために8日の朝、1人で神石高原の自宅へと戻りました。湧水を利用する水道施設は、地域住民のために、造園業をしていた信夫さんが中心となって15年ほど前に自宅の裏山に造り、管理をしていました。

 翔也さんは当時をこう振り返ります。「(行くのを)止めたのは止めたんですけど、父は『水が止まってしまっては地域の人が困る』と1人で帰りました」

 翔也さんは、亡くなった父の思いを継ぎ、1週間後に手探りで水道を復旧させましたが、炎天下での作業は想像以上に体力を消耗したといいます。

 「28歳でこんだけしんどいので60歳のうちのお父さんが暑い中作業していたって考えたらだいぶ身体に負担がいっていたんだと思いますね…」

父の机から見つけた家族写真、根も葉もない噂に苦しんだ息子

 信夫さんが亡くなったのは、自宅の寝室でした。

 翔也さんは「眠るようにもがいたような感じもなくお医者さんの話ではそんなに苦しむことなく逝ったんだという話だったんでそこだけは良かったと思います」と静かに語りました。

 7月9日の朝から信夫さんと連絡が取れなくなり、福山に避難していた翔也さんも、急いで家に帰りましたが、信夫さんは既にベッドで眠るように亡くなっていました。寝室は、ほとんど当時のまま片付けられずにいます。

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最終更新:7/15(月) 10:29
テレビ新広島

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