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【尊厳ある介護(71)】介護では、「また明日」が最後の会話になることもある

4/10(水) 12:11配信

ニュースソクラ

さくらを見ると思い出す「一期一会」

 桜の頃になると想い出す利用者がいます。

 一人は尾河保子さん(仮名79歳)です。

 尾河さんは、数年前から鬱状態になって、床に伏している時間が長くなりました。食事をすることさえ億劫がり、入浴もしなくなりました。妻の代わりに夫が慣れない家事をして何とか二人で生活をしていました。

 近くにお住まいの息子さんが心配して相談に来られ、食事と入浴の確保、閉じこもり防止のためデイサービスを利用するようになったのです。

 ところが、尾河さんは外に出るのを嫌がり、お休みすることが多くありました。

 ある春の日、デイサービスでは桜並木をドライブするお花見を実施しました。

 すると、珍しく尾河さんがお花見に参加したいと言われたのです。その日は最高の花見日和で、満開の桜を見て利用者は歓喜の声を上げていました。

 昼食はお寿司でした。尾河さんは食が細いのでいつもは食事を残されるのですが、好物のお寿司だったせいか完食されました。

 その後、尾河さんはデイサービスを嫌がらないで行くようになりました。

 しかし、その喜びも束の間、体調が急変しあっという間に亡くなったのです。

 訃報を聞いて私は葬儀に参列しました。

 喪主のご挨拶の時、息子さんは「今年の春、母は何年ぶりかで桜の花を観賞しました。デイサービスでお花見に連れて行ってもらったからです。私はその日のことを何度も母から聞かされました。デイサービスを利用したからこそ、あんなに嬉しそう話す母を見ることができたのだと思います」と、ありがたい言葉をいただいたのです。

 葬儀の帰り道、あの桜並木を通ってみると花びらはあとかたもなく散っていました。

 もう一人は、森本守さん(仮名 82歳)です。

 森本さんはお一人暮らしでした。物忘れは年相応ですが、複数の疾病を抱え家の中で杖を使って歩くのがやっとなので、一人で外出することは無理でした。

 日頃は、ヘルパーの食事や洗濯、掃除などのサービスを受けて生活をしていました。アパートに風呂がないので、私たちのデイサービスを利用して入浴をされていました。

 森本さんはデイサービスの日を楽しみにしていました。皆さんと一緒に食べる温かい食事と大好きな入浴ができるからです。

 けれども、血圧などの体調が整わず、入浴できない時が何度もありました。

 ある利用日、体調も良かったので入浴をされました。そして、「昼はカレーが食べたいな」と、呟かれたのです。

 その願いとおりにカレーが出てきた時、満面の笑みで喜ばれました。

 デイサービス終了後、介護スタッフは森本さんをアパートまで送り、「それでは、また来週迎えに来ます」と、挨拶をして帰りました。

 次の日、ケアマネジャーからデイサービスに「今朝、森本さんの所にヘルパーが訪問したところ、ベッドの上で眠るように亡くなっているのを発見しました」と、電話がありました。

 その連絡を聞いて、私たちは言葉を失いました。昨日「また来週」と言って別れたばかりなのです。

 私は、初めて森本さんのアパートを訪ねて行った時のことを想い出しました。

 殺風景なお部屋を飾るように、窓からつぼみの付いた桜が見えたのが印象的でした。

 その部屋で昔妻子を捨てて家出し、居場所も知らせてないという身の上話を聞きました。

 「孤独なのは当然の報いです」と、自嘲気味に話された言葉が私の耳に残りました。

 森本さんは最後の日、自ら入浴をして体を清め、利用者やスタッフと一緒に好きなカレーを食べて別れを告げ、誰の手も煩わすことなく一人で逝ったのです。

 私は、「またね」と言って別れても、それが最後の時や人になることを実感しました。

 そして、一期一会の意味を介護の仕事を通して知ったのです。

(注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。

■里村 佳子( 社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム統括施設長 )
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設の担当理事。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。

最終更新:4/10(水) 12:11
ニュースソクラ

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